報道の魂
ホウタマ日記
2012年08月28日 「8・15終戦 記者たちの眼差し」番組後記 (秋山浩之)
「むかしむかし戦争がありました…」

番組は、戦争を直接知らない20代から40代の記者19人がカメラに向ってそう語り始めるところから始まります。戦争と記者との「距離感」を番組の重要な軸に据えたので、シンプルにそれを表現するためにこうした導入にしてみました。ほとんどの記者にとって「むかしむかし」という表現は、戦争と自分との素直な距離感だったようです。

ところがある男性記者から「戦争体験者にとって戦争は昔話ではない。この言い方には違和感がある」という意見が出ました。確かに取材対象者に寄り添って戦争を見てみると「むかしむかし」とは言いにくいことも理解できます。私は、違和感を覚えた記者には「自分なりのしっくりする表現で言い直して構わない」と伝えました。

その結果、男性記者は「わずか70年前、日本でも戦争がありました」という言い方を選びました。なるほど彼にとっては、この言い方の方がしっくりくるのだな。私はそう納得しました。ちなみに彼とは、MBC南日本放送の大久保洋一記者のことです。

ほかにも数名、別の言い方に言い換えて「わたしが生まれる30年前、戦争がありました」「そう遠くない昔、戦争がありました」と表現した記者がいました。

『記者たちの眼差し』という番組は記者の実感をベースにしているところが特徴ですが、番組冒頭2分間に、はやくも実感の違いが現れたことになります。この番組らしいオープニングになったと思います。

東日本大震災をテーマとしたドキュメンタリー番組『3・11大震災 記者たちの眼差しI〜IV』は、そのユニークな方法論が各方面で評判を呼び「ぜひ別のテーマでも挑戦してほしい」という声が数多く寄せられました。

今回の番組は、そうした声に背中を押されて“眼差しスタイル”を「8・15」に応用し、戦争という大テーマに挑んだものです。番組の特徴である「オムニバス」「一人称報告」という方式はそのまま踏襲しました。

とはいえ「大震災」と「戦争」では大きな違いがあります。2011年に発生した大震災が「目の前の出来事」なのに比べ、67年前に終結した戦争は「はるか彼方の出来事」です。当事者性を持ち得ない出来事を、戦後生まれの記者があえて一人称でレポートする意味はどこにあるのか?考える必要がありました。

迷った末に思いついたのは、この距離感を「逆手にとる」ことでした。「戦争と自分との間には距離がある」ことを前提としたうえで「それでも戦争を伝える」意味にこだわることにしたのです。大上段に構えるのではなく、自分の身の丈で戦争を捉え、その意味を探ってゆく。そして、たとえ時間が経過しても伝え続けなければいけない戦争とは何なのか見出してゆくことにしたのです。

番組冒頭で「むかしむかし戦争がありました」と記者に語らせた意味も、こうした狙いからでした。同じセリフの繰り返しが、記者の開き直りのように響いたかも知れませんが、まず取材者の立ち位置を明確にしておきたかったのです。少なくとも私は、見てもいない出来事をまるで見てきたかのように伝える戦争番組には、したくなかったのです。

記者ひとりの持ち時間は8分で、個性的なVTRがずらり並びました。3時間という長時間番組になりましたが、根底には「戦争体験をいかに継承し、後世に伝えるか」という課題が横たわっていました。これは「3・11」にもつながるジャーナリズム共通のテーマであり、我々メデイアの役割とは何なのかを問い続けるものです。

JNNでは今後もこうした“眼差しスタイル”による番組作りを目指してゆくつもりです。「3・11」をきっかけに生まれたこの方法論に、これからもぜひご注目いただきたいと思っております。

(秋山浩之)
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