報道の魂
ホウタマ日記
2007年02月22日 「“人類”から“菌類”へ 〜ただそこにあること〜」編集後記 (岩城浩幸)
2月18日放送、『“人類”から“菌類”へ〜ただそこにあること〜』は、CSのTBSニュースバードで再放送します。予定は、3月10日(土)14:00、3月25日(日)22:00、4月15日(日)22:00、4月28日(土)14:00です。

大橋土百さんと出会ったのは、2005年秋のことです。当時は、平成の大合併は何をもたらしたのか、このテーマを取材していました。新潟県柏崎市高柳町(旧刈羽郡高柳町)、全国有数の過疎地です。20年以上お付き合いいただいている小林康生さんが、意外なことを切り出しました。「確かに過疎は進んで歯止めがかかりません。じゃあ、出て行く人ばかりかというと、実は入ってくる人もいるんですよ」。

大橋土百(勝彦)さんが、その人でした。初めてのインタビューをした築130年の住まいは、元々は妻の恵美子さんの実家とか。一度は人手に渡ったこの家が空き家になった時に、再び買い戻したのだそうです。なるほどそういうパターンもあるのですね。

大橋さん自身は長野県伊那地方の出身。つまり「余所者」というわけですが、その出で立ちはすっかりここの山の人。近所の人たちは親しみをこめて、「素人さん」と呼んでいました。大橋さんいわく、こうしてインタビューに答えている間にも、リスがうまいものをみんなとっていってしまうかもしれない、なにしろ山の“住民”はうまいものをよく知っているからと落ち着きません。

そんな大橋さんにしたがって2度、山にお供しました。スローライフ?逆ですね。とにかく、ありとあらゆるものに目を配る。それを春から秋まで続けるのです。その季節を豊かに暮らし、そして冬を越すためにも。

秋に、大橋さん作のコメが届きました。ブナ林の水とともに。炊飯用の水だったのですが、それはそれで単体で味わってしまいました。それでも呵々大笑の人、大橋さんの作だからでしょうか。炊き上がって釜の蓋を空けたとたん、ご飯が呵々大笑しているように感じられました。そこで勝手に、「山笑米」と名づけてみました。

私が注目しているのは、この山里の人々が都会と自然な交流を行っていることです。大橋さんが小学校で行っている授業もそのひとつです。またこの町の小学生たちは、自分たちの作ったコメを、毎年秋に東京の街頭で無料配布します。一方、首都圏の学校から体験学習に訪れるのも恒例になっています。「都会あればこその田舎、田舎あればこその都会」という、山里の人たちの思いが、そのまま形になっています。

かつて、公共事業を中心とした国費導入に成功することが、政治的勝敗の指標となり、都市と農村が対立しました。この数年、人口比を中心とした配分が叫ばれるようになりましたが、既に過疎が進んでしまった農村には、これに抗する論理や力が最早ないように見えました。しかしこの山里の人々のように、そんな政治的思惑が育ててしまった二項対立を鮮やかに飛び越えて、静かなそして着実な共生を実現している人たちがいました。最も過疎が進んだ地域だからこそ実現した、モデルケースといえるかもしれません。

はてさて、この人々の交流がやがてどのような「付加価値」を生んでいくのでしょうか。それには、この過疎が“維持”されなくてはならないのですが…。

(解説委員 岩城浩幸 記)
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