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「がっちりマンデー!!」毎週日曜あさ7時30分から

がっちりマンデー!!

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2009年1月18日放送

特集

儲かり企業の社名のヒミツ

ゲスト

松下奈緒さん、森永卓郎さん(経済アナリスト)

番組内容

今回のがっちりマンデーは「企業に学ぼうシリーズ」第3弾!!
第1弾:社訓に学ぼう!!
第2弾:社歌に学ぼう!!
とお送りしてきましたが、
今回の第3弾は社名に学ぼう!!

儲かり企業の社名には、創業者の熱い思いや成功のヒミツがいっぱい詰まってるんです!!

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儲かり企業の社名に学ぼう!「キャノン」

儲かり企業の社名に学ぼう!まずは「キャノン」

世界に誇るキャノン。
カメラを初めプリンターやコピー機も扱い、2007年度の年間売上は、なんと4兆4800億円!!

そこで、キャノンへ儲かり社名のヒミツを聞きに伺いました。
すると、1934年に作られた第1号機のカメラに社名のヒミツが隠されているらしいのですが…

キャノン株式会社 広報部 横山真彩さんにお話を伺いました。

横山さん: "カンノンカメラ"というカメラなんです。

カンノン?カメラに付いているマークを良く見てみると…

横山さん:観音様の絵と"カンノン"とローマ字で書いてあるんです。

でも、どうしてカンノンがキャノンという今の社名になったのでしょうか?

横山さん:カンノン クワンノン クワンニョン キャンノン キャニョン キャノン!
吉田五郎というこのカメラの設計者が非常に観音様を信仰していたんですね。

創業者の1人吉田五郎さんが「日本最高のカメラになるように」との願いから、ありがた〜い観音様にあやかって「カンノン」と名付けたのだそうです。

キャノンの社名は観音様のカンノンから付いた名前だったんです。さらに…

横山さん:より世界で通用する製品を作るという必要性を感じていました。

Canonには英語で標準という意味もあるんです。
つまり、世界標準のカメラを作るという願いも込められていたのです。
最高のカメラで世界標準に!
キャノンという社名に込められた創業者の思い。
今やそれが現実となり、キャノンはデジタルカメラの分野で世界シェアNo.1!!
これも観音様のご利益なんでしょうか?

儲かり企業の社名に学ぼう!「マックス」

儲かり企業の社名に学ぼう!お次は「マックス」 …って何の会社でしたっけ?

こちらマックスは、ホッチキスでおなじみの会社。
その国内シェアは、なんと70%!!
創業以来ホッチキス一筋の会社!と、言いたいところですが…

マックス株式会社 IR・広報室長 近藤博了さんにお話を伺いました。

近藤さん:戦争中にゼロ戦のウイングを作るということから発足しております。

マックスの前身は山田航空工業、ゼロ戦の尾翼の一部を作っていたのです。
それが戦後なぜホッチキスを作る会社になったのでしょうか?

近藤さん:尾翼に鋲打ちをしますよね、多分その辺の作業をやっていたと思います。

尾翼を機体に止めるために金属の鋲を打ちつける、この作業がホッチキスにそっくり!
そこで戦後、山田興業と社名を変え、紙を止めるホッチキスを作ることになったんです。
こうしてホッチキス作りがスタートしたものの、最初は大型でオフィスに1台あれば充分、あまり売れなかったそうなんです。

しかし、開発研究の結果、小型化に成功!するとホッチキスは1人1台の時代に!
おかげで生産量も一気に10倍以上になったのですが、こうなると社名が山田興業ではイマイチ分かりづらい。
そこで考えに考えた末、昭和29年 社名をマックスに変更!
その理由は…?

近藤さん:クライマックスの最高の商品を提供したいというような主旨で"マックス"を使わせていただいています。

社名から来るこの柔らかい社風、新商品にも反映されているようです。

近藤さん: "バイモイレブン"という商品です。今までホッチキスは20枚を閉じるのがホッチキスだったんです。これは40枚まで閉じられる、倍も閉じられるということで"バイモ"という名前です。

倍も閉じられるから"バイモ"…
普通のホッチキスは20枚まで閉じられるということも初めて知りましたが、…
でもバイモイレブン、女性でもラクラクと分厚い書類を閉じられるとあって大ヒット!!

生産が追いつかないほど"マックス"な売れ行きなんだそうです!!

儲かり企業の社名に学ぼう!「千趣会」

儲かり企業の社名に学ぼう!続いては「千趣会」

ベルメゾンカタログでおなじみみ、通販でがっちりな会社。
そんな千趣会、女性を中心に会員数700万人を超え、創業以来常にトップを走る通販業界のキング!

そこで、千趣会へ社名のヒミツを伺いに行ってきました。

こちらが千趣会の社名を付けた株式会社千趣会 行待裕弘社長。
行待社長は創業からのメンバーなんです。
では一体何故「千趣会」というちょっと変わった社名を付けたんでしょう?

行待社長:一番初めは、こけし人形がえらい人気があるということでこけしの頒布会を始めたんです。

実は行待社長が事業を始めた昭和30年頃は部屋に飾る置物として女性たちの間でこけしが大人気!現在のぬいぐるみ集めみたいなものだったそうなんです。
そこで、こけし好きな女性たちに毎月違ったこけしを届けて販売する会を発足したのです。

行待社長:会社には総務だとか庶務だとかあるでしょ?そこへ行って(こけしを)見せると(それを見て女性社員が)キャーって喜んでくれたんです。

今では信じられないこけしブームの波に乗り、ピーク時には月に約17〜18万人が購入し、月間売上はなんと1700万円もあったそうなんです!
これ、現在の価格に換算すると、なんとおよそ1億円!!

この儲かり商売に社名の由来がありました!?

行待社長:こけし千態趣味蒐集の会、ものすごく長い名前だったので、短くして今の「千趣会」という名前になりました。

千趣会は創業時のこけしの頒布会から付いた名前だったんです。
しかし、そこにはもう一つ意味があったんです。

行待社長:今はこけしかもしれないけど、将来何するかわからないと、千の趣の会だったらいろんな事ができるじゃないかと。

そのヒラメキ通り千趣会は事業を拡大、こけし以外の通販部門に進出。
ファッションやインテリア、食品や化粧品まであらゆる分野で女性をサポート。

2007年度は年間1567億円を売り上げる通販業界のトップに成長!

そんな千趣会は女性の心をがっちり!

儲かり企業の社名に学ぼう!「ポッカ」

儲かり企業の社名に学ぼう!お次は「ポッカ」

顔缶でおなじみのポッカ、この缶コーヒーに社名のヒミツが?
株式会社ポッカコーポレーション パブリシティ担当マネージャー本郷好尾さんにお聞きしました。

本郷さん:社名の由来にポッカコーヒーは関係ないですね。

実はポッカ、創業時に社名をある有名なウイスキー会社からもらったんです!

本郷さん:ニッカレモンという会社名で創業しています。

ポッカの創業者である谷田利景さんは、1954年ニッカウヰスキーが運営するバーの店長をしていました。この時に谷田さんが目を付けたのがレモン果汁!
当時レモンは高級品でした、そこで1957年に谷田さんは合成レモン液を開発!
お世話になっているニッカウヰスキーの名前を入れたニッカレモンを設立したんです。

するとニッカレモンのレモン液は大ヒット!
人気商品になり、ニッカ以外のお酒を扱うお店からも注文が殺到!
会社名がニッカレモンではまずいことに…

そこで谷田さんは新しい社名を考えました。
そして何気なく大好きなゴルフ雑誌を眺めていた、その時!

ゴルファーが履いていたズボン「ニッカボッカ」この名前に強烈に惹かれた谷田さんは「ニッカの次だからボッカ?でもボッカだと響きが悪いから…ポッカにしよう!」

こうして1966年ポッカレモンに社名を変更。
その後、中身も100%レモン果汁にして缶コーヒーやスープなどへ事業を拡大。
1982年社名もポッカコーポレーションに変更。

今では年間売上約950億円!!
創業者の谷田さんは今でもご健在との事ですが、ゴルフの腕前は?

本郷さん:ゴルフはずっとシングルプレーヤーで変わらずずっとゴルフする時はニッカボッカスタイルでプレイをされています。

現在82歳の創業者最高顧問 谷田利景さんはまだまだお元気です!!

▼スタジオでお話を伺いました。
森永さん:ニッカのマネをして悪いといってポッカに変えたわけでしょ。ところが今ニッカ(約603億円)よりもポッカ(約950億円)の方が1.5倍くらい売上があるんですよ。
やっぱポッカコーヒーの影響が凄い大きくって、初めて温かいコーヒーを飲んでもらおうということで高速道路のサービスエリアに自動販売機を置いたんです。そしたらドライバーの人たちが冬寒いので次々に買って、それで会社が大きくなったんですよね。

進藤:では、日本で一番多い社名はどんなでしょう?

松下さん:鈴木なんとか、鈴木工務店とか。

進藤:もっとも多い社名ランキングは、1位:アシスト 2位:ライズ 2位サンテック 4位:佐藤工務店 そして、7位に鈴木工務店です。

森永さん:お客さんの事をアシストしましょうということで付けているんでしょうね。

儲かり企業の社名に学ぼう!「グンゼ」

儲かり企業の社名に学ぼう!続いては「グンゼ」

下着・ストッキングの国内トップメーカー
2007年度の売上は、なんと1657億年!
ところでグンゼって、どこの国の言葉なんでしょう?
英語?フランス語?

そこで、グンゼ株式会社 人事・総務部 西脇浩一さんにお話を伺いました。

西脇さん:もともと漢字で郡是と表記をしてました

創業時の資料を見せてもらうと、確かに漢字で「郡是(グンゼ)」
でも、どういう意味なんでしょう?

郡是が創業した明治29年(1896年)当時、政府は「国是」、つまり国の方針として生糸の輸入を推進していました。

そこで創業者の波多野鶴吉さんは、故郷の京都府何鹿郡(現:綾部市)を生糸産業で発展させるべく、社名を国是ならぬ郡是と名づけたのです。
鶴吉の願い通り郡是生糸は順調に成長!

1900年にパリで開かれた万国博覧会では、郡是の生糸が最高賞の金牌を受賞!
海外で高い評価を得るまでになったのです。
その後、郡是は下着メーカーとして大躍進!
日本有数の企業へと成長しました。

儲かり企業の社名に学ぼう!「タイガー魔法瓶」

儲かり企業の社名に学ぼう!続いては「タイガー魔法瓶」

トラのマークでおなじみのタイガー魔法瓶。
2007年度の売上は388億円!!

タイガー魔法瓶株式会社 営業統括本部 江熊宏次さんにお話を伺いました。

社名の由来はというと?
江熊さん:創業者のお父上が寅年の生まれだったので。

創業者 菊池武範の父・武揚は1854年の寅年生まれ。

江熊さん:トラというのは強いイメージがございまして、壊れやすい割れやすいというイメージを少しでも払拭したいという思いを込めて名づけました。

当時魔法瓶は中のガラスが割れやすいと思われていました。
そこで菊池武範は魔法瓶にトラのマークを付けて販売!
割れない強さをアピールしたのです。
さらにこんなエピソードも…

江熊さん:関東大震災のあった時にも1本も割れなかったという、強いエピソードがございます。

1923年関東大震災の時、問屋の倉庫にあった数ある魔法瓶の中で、タイガーだけが1本も割れなかったのだとか!
これがきっかけでタイガーは強いという評判が広がり、一気に全国へ知名度アップ!
トラへの熱い思いからタイガー魔法瓶では本物のトラを飼っていたこともあったのだとか!

強さの象徴だったトラのマークも、信頼を勝ち得た今ではスッカリかわいくなりました。
そして、もう一つの魔法瓶メーカーも確か動物が…

そう象印マホービン、では象の理由とは?

そこで、象印マホービン株式会社 広報グループ 粟津重光さんにお聞きしました。

粟津さん:もともと輸出をしなくてはいけない事情がありましてね、輸出先というのは東南アジアだったんですが

象印が象のマークを使用し始めたのは1920年代。
当時は生産量の90%を東南アジアへの輸出が占めていました。
というのも水道が充分に整備されていなかった東南アジアでは、飲み水をある程度保存するため魔法瓶が必要だったのです。

もちろん品質には自信を持っていましたが…

粟津さん:(他社との)区別をつけないといけない、何かをつけて。日本語で書いても分かっていただけない。アジアですから強くて優しくて非常に人気のある象を当社は採用したということです。

象の印をつけた魔法瓶は東南アジアで大ヒット!
1961年社名を象印マホービンに変更。
日本でも象印の名は親しまれ、2007年度の売上は626億円にまで成長!

魔法瓶業界の社名は、動物の名前でがっちり!!

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