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「がっちりマンデー!!」毎週日曜あさ7時30分から

がっちりマンデー!!

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2007年11月11日放送

特集

丸の内の大家さん「三菱地所」

ゲスト

三菱地所(株) 木村惠司 代表取締役社長

番組内容

今回のがっちりマンデーは、都市部の地価上昇で今、絶好調の不動産業界!
その中でも、丸ビルや新丸ビルの建設など、丸の内エリアの開発で絶好調なのが、三菱地所!
営業利益1662億円!
まさに、不動産業界No.1の儲かり企業なのです!
明治時代から100年に渡って、東京という街を作ってきた三菱地所!
今回は、その儲かる街づくり戦略を徹底検証します!

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三菱地所と丸の内

なんと、営業利益は1662億円!
日本最大級の不動産会社、三菱地所!
ところで、なぜ不動産会社はこれほどまでに儲けているのでしょうか?
不動産会社は、持っている建物の賃貸、分譲、売買の仲介を行うことで利益を上げています。
その儲けの分かれ道は、何といっても儲かる「土地」を持っているかどうか!
三菱地所の場合、その儲けの屋台骨が「丸の内」なのです!

三菱地所は、丸の内にある100棟のビルのうち、30棟のビルを持っています。
ここを中心に、全国の家賃収入はなんと年間2500億円!
そんなことから、三菱地所は「丸の内の大家さん」と呼ばれているのです。
丸の内と三菱地所の関係には、こんな歴史がありました。

明治23年、三菱財閥の大番頭だった荘田平五郎氏がロンドンの建築を視察している際に、こんな情報が飛び込んできたのです。
それは「明治政府から丸の内一体の土地が売りに出た」というもの!
しかし、その価格は周辺の土地のなんと5倍という高値で誰も購入しようとしませんでした。

ところが、ロンドンにいた荘田氏は本社に電報で『速やかに買い取るべし』と指示したのです。
その買取価格は128万円にも及びました。
現在の価値で言えば、なんと13億円相当!
荘田氏は、丸の内をロンドンの街並みような、日本初のビジネス街にしようと考えたのです。

4年後の明治27年には、現在の丸の内2丁目に日本初のビル近代的オフィスビル、三菱一号館が完成しました。
その後、現在の馬場先通りに次々とレンガ作りのビルを建築していきました。
それはまさにロンドンそのものと言っても過言ではない、日本初のビジネス街が誕生したのです!

その後、三菱地所は次々と日本初を作り出しました。

明治29年には、貸しビルでは日本初のエレベーターを設置。

さらに大正12年には、日本初のビル内にある商店街を擁する丸ビルがオープンしました!
ビルに不特定多数の人が入れるという当時としては画期的な試みでした。
それまでは、建物のことを「○○館」と呼んでいましたが、「ビル」と呼ぶようになりました。
これも、三菱地所のビルが始まりなのです!

さらに当時、三菱地所のビルと一目でわかる特徴は、ビルの名前に「ビルヂング」と明記してあることでした!

明治、大正、昭和と開発を進め、常に業界トップを走り続けてきた三菱地所。
「丸の内の大家さん」と呼ばれ絶好調の時代が続きましたが!
1990年代に入り、その好調に陰りが…
それは、丸の内のすぐお隣、汐留や品川の再開発。

長年のライバル三井不動産などが中心となって、オフィスビル建設に着手したのです。
そして、汐留のシティセンターや品川のインターシティーなど最新設備をもったオフィスビルが登場。
新たなビジネス街として、注目を集めるようになったのです。
先に開発していた丸の内は、古いビルが多いのに家賃は日本一高い!

すると、当然入っていた企業が、最新で安い家賃のビルに引き抜かれるケースが多くなったのです。
三菱地所は、ここへ来て、最大のピンチ迎えました!

▼スタジオでは木村社長にお話を伺いました。
加藤:品川・汐留の開発が進んできたのは丸の内にとって影響は大きかったですか?

木村社長:丸の内からテナントの皆さんが相当数出ていきました。
新しいところの方が優位性が高く、テナントが出ていったために丸の内の価値がどんどん下がっていきました。

進藤:そのときに日経新聞に非常にショッキングな記事が掲載されたそうですね?

木村社長:それが『丸の内のたそがれ』という記事なんです。

進藤:小見出しのところには「大誤算の三菱地所」「周辺にライバル街ぞくぞく台頭」などとあります。

木村社長:紙面でこのように言ってくれたことで、丸の内にとって発奮材料になりました。
つまり、刺激があったということです。

加藤:でも、丸の内で始まったものを壊してまた一からというのも大変な賭けですよね?

木村社長:だから10年間で5000億円もこの事業に投資したんです。
最初に、この丸の内の土地を買うと命令したのは荘田平五郎で、実際に買ったのは岩崎弥太郎の弟の岩崎弥之助でした。

加藤:周りの土地の5倍ですよね?それを買えと言ったその先見の明がすごいですよね。

木村社長:128万円で購入したのが丸の内の最初で、現在ではウン兆円になっていますよ。

丸の内変身計画

テナント企業の流出という、ピンチを迎えた三菱地所!
これではマズイと、三菱地所は1998年、丸の内を生まれ変わらせる計画を打ち立てました!

▼変身計画その1 脱サラリーマン天国
丸の内変身計画について三菱地所14SC営業部の安田耕司さんにお話を伺いました。

安田さん:昔この街は銀行と証券会社が一階に軒を並べていて、非実はビジネスマンやOLがたくさんいるんですが、土日になると静かな街でした。

日本一のビジネス街、丸の内。
以前までは、街にはスーツ姿のおじさんばかりでした。
さらに、丸の内には100軒もの銀行が店を構えていたため、平日でも午後3時にはシャッターが閉まり、閑散とした雰囲気になっていました。

安田さん:静かな街を変えていこうと三菱地所は10年前から開発を始めました!

そんな時に三菱地所が目をつけたのが、バブルの影響で統廃合になった銀行の店舗でした!
銀行は人目につきやすい立地のいい場所にあったため、そこに有名ブランドショップを誘致することでサラリーマン天国からの脱却を図ったのです!
当時、アスファルトだった道路や歩道もおしゃれな石畳に変更してビジネス街の雰囲気を払拭!

すると、東京駅から訪れる観光客や買い物客が増え、丸の内を通り、銀座まで歩いて移動するという、これまでにはなかった新たな人の流れが出来たのです。

そして、丸の内変身計画の目玉が、オープンで話題にもなった丸ビルと新丸ビル!
総工費は二つ合わせて1500億円!
三菱地所が建設したこの2つのビルこそが変身した丸の内の象徴なのです。
今年4月にオープンしたばかりの新丸ビル。

ビルの設計はもちろん、店内のデザインもすべて三菱地所が行うことでビル全体に統一感があるのが特徴です。
お店を詰め込むのではなく、あえて無料で利用できる共有部分を充実させて、ゆとりの空間演出をするのもこの新丸ビルの大きな特徴!

さらに、画期的な試みがビル内にある飲食店街にありました!
なんと丸の内界隈では珍しく、深夜4時まで営業している店舗が数多くあるのです。

安田さん:丸の内は国際ビジネスセンターですから働いている皆さんの時間は不規則になりがちです。深夜1時2時までお仕事をされた方が、その後でもお食事を楽しむためにこちらの飲食店街があります。

これはセキュリティの厳しいオフィスビルとしては画期的な試みでした。
続いては、ビル上部のオフィスゾーンへ!
平均900坪のとても広いオフィスは、最高でなんと一坪7万円で堂々の日本一なのです!
ちなみに一月のお家賃は、最高でなんと6300万円!
日本一のお家賃ですから設備も日本一を誇ります。
テナント企業の社員だったら誰でも利用できるオシャレなカフェから、200人収容の大型の会議室、応接室、そしてフィットネスクラブも完備。
さらには、眠くなったときに一休みできる昼寝部屋まで無料で用意されているのです。
まさに至れり尽くせりのオフィス!
現在、オフィスはもちろん満室で26社が入居しています。
日本一の家賃、新丸ビルの家賃収入だけで、一体どれだけ儲かっているのでしょうか。
テナント流出のピンチから15年、丸の内は見事復活を遂げたのです!

▼変身計画その2 ホテル!
これまで、これといった観光ホテルがなかった丸の内に、今年あるホテルが誕生しました!

それが、ザ・ペニンシュラホテル東京!
一泊最低6万円から、一泊なんと100万円の最高のスイートルームまであります!
そんな超高級ホテルを三菱地所がこの丸の内に誘致したのです。
実は、このペニンシュラホテルのすぐご近所には、最近、三井不動産との業務提携で話題となった日本を代表する帝国ホテルが!

丸の内エリアのすぐ隣の日比谷エリアはライバル三井不動産が再開発を行おうとしている地域なのです。まさに、日比谷は丸の内と目と鼻の先の地域、否応無しに意識し合う不動産業界の2強から目が離せません!

▼スタジオでは木村社長にお話を伺いました。
加藤:三井不動産が近くにあるのを意識しますか?

木村社長:意識しないわけはないですが、お互い切磋琢磨して頑張ろうなんて三井不動産の社長さんとは話をしますよ。
競争するところは競争する、協調するところは協調していこうとお互い考えているんです。
東京再生をしっかり進めて、シンガポールや香港や上海などの国際間の都市競争に勝てるようにしようと良い意味でお互い刺激し合っています。

三菱地所、街づくりのヒミツ

丸の内には100棟のビルが立ち並び、そのうちの30棟のビルを三菱地所が所有しています。
ビルは築50年から70年で建て替えが行われるので、丸の内では10年に7、8棟ずつ建て替えられ、常にどこかで工事が行われています。
すべてのビルを建て替えるためには、最低でも50年は必要!
不動産業はとてもスパンの長いビジネスなのです。
丸の内では、いち早く次の時代を見越した長期的な街開発を行ってきました。
そこには、丸の内、独自の街づくりの秘密が!

▼秘密その1 31mルール

こちらが昭和50年ごろの丸の内の空撮映像です。皆さん、何か気が付きませんか?
そう!ビル高さがピッタリなのです!
丸の内では、大正9年ごろからビルの高さを31m、100尺にするというルールを守ってきました。

現在、そのルールは改正されましたが、丸の内では新しく建てられる高層ビルも31mのところでデザインを変え、現在でも街の統一感を保っているのです。

▼秘密その2 空中権
空中権?それは一体何なのでしょうか?
その秘密を探るべく、実際にその権利を使って建設している工事現場へ、経済予報士見習いの川田が潜入しました!

早速、三菱地所設計の松本浩嗣さんにお話を伺いました。

松本さん:この大きな敷地には地下4階、地上34階のタワー棟が建設されますよ!

この場所には、丸の内に初めて建設された近代的オフィスビル三菱一号館の復元と、新たに34階建ての高層ビルが建設される予定なのです。
しかし、この高層ビルは現在の法律で定められた大きさよりも大きいものを建設するのだとか…
一体、なぜそんなことが出来るのでしょうか?

それは、国でビルを建てる際に決められている「容積率」という規則が大きく関わっています。
簡単に説明すると、容積率とは敷地面積に対してどれくらいの大きさの建物まで建てていいかを決めたもの。
地域によって様々ですが、その制限内で建物を建てなければならないのです。
丸の内の場合、国で決められている容積率は敷地面積の1300%、13倍まで。

しかし、こちらの建設中のビル、予定容積率は、1430%と制限容積率を超えています!
実は、ここに丸の内だけでしか出来ない大きなビルを建設できる秘密があるのです。

安田さん:重要文化財である東京駅の上空の権利をこちらのビルに移してその分大きなビルを作るということなんです!

なんとそれは、お隣のJR東日本が所有する東京駅舎から使っていない容積、いわゆる空中の権利を買うということでした!
東京駅は、今後も高層ビルを建てる予定が無いため、本来建てることの出来る容積、つまり空中の部分を三菱地所に売却したのです。
三菱地所は、その買った空中権を今回建設するビルの容積率にプラスして決められた容積率をオーバーしてビルの建築が可能になったというわけ!
日本では珍しい、丸の内ならではのルールなのです。

続:三菱地所、街づくりのヒミツ

▼秘密その3 風の道
近年、東京に立ち並ぶ高層ビルが東京湾からの風を遮り、都心のヒートアイランドが問題になっています。
しかし、丸の内では早くからヒートアイランドを防ぐ街づくりをしてきました。

それが、この丸ビルと新丸ビルの間にある大きなスペース!
ここを広く開けておくことで、皇居から東京駅を越え、高いビルにぶつかることなく東京湾までつながります。
まさに、ここは東京湾から吹く風の通り道になっているのです!

さらに、同じような高さ形のビルを両サイドに建てることで、風が通りやすくなるという性質をうまく利用してさらに都心に風を運びます。
ビルの建て方で、三菱地所はヒートアイランド防止に一役買っているのです。
常に、先の時代を見越し、日々進化する丸の内!これから益々、目が離せません。

▼スタジオでは木村社長にお話を伺いました。
木村社長:開発の事例で、風の道を塞ぐことで東京湾の風が全く来なくなるというものがあったんです。
そうすると背後の街は非常に暑くなる。八重洲の方まで風を通るようにするだけで気温が2、3度も違うんです。

進藤:今、注目の他の街というとどこでしょうか?

木村社長:東京の丸の内を中心として、もう少し北にある神田などはこれからの街づくりとしてはおもしろいと思います。

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