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がっちりマンデー!!

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2006年7月16日放送

特集

雪国まいたけ

ゲスト

(株)雪国まいたけ 大平喜信 代表取締役社長

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儲かる食材、キノコ

今日は、キノコビジネスでぐんぐん儲かった雪国まいたけの儲かりのヒミツについて特集します!
新潟県南魚沼市に本社を構える(株)雪国まいたけ。
年間売り上げ250億円、従業員1400名の東証2部上場企業で、キノコ業界のトップブランドなのです。

ところで、食品業界ではキノコは「儲かる食材」と言われています。
なぜキノコが儲かるのかというと、そのヒミツは栽培方法にありました。
まず、温度や湿度などの環境さえきちんと整えれば雨風に影響を受けない屋内で栽培できるため、収穫量が天候に左右されないこと。
雪国まいたけの場合、本社の近くに設置された総敷地面積は東京ドーム9個分にあたる41万平方メートルも!
キノコ類の年間生産量は45000トンで、まいたけに至っては市場シェア60%を誇っています。

さらに、生産から収穫まで自動化できる工程が多いため、人件費を抑えることが可能になるのも、儲かる食材と言われる所以なのです。

▼雪国まいたけ創業に至る大平社長の苦難の道のりとは…?
雪国まいたけの創業は1983年。
大平社長が35歳の時に雪国まいたけを創業するまで、想像を絶する苦難の道がありました。

1948年、大平喜信は新潟県六日町で貧しい農家の長男として生まれました。
少年時代は、学校が終わるとすぐに農作業を手伝う日々で、遊んだ記憶がほとんどなかったそうです。
子供の頃にどれほど貧しかったかということについて、「愛しの魚肉ソーセージ」のエピソードがあります。
当時、一本30円ほどの魚肉ソーセージを友達がパクパク食べているのを見つめていた喜信少年。
でも、自分には買うお金がない。
「いつか、死ぬほど魚肉ソーセージを食べてやる!」。これが幼い頃の夢でした。
中学卒業後15歳で上京し、横浜の木工製作所に就職。その後新潟に帰郷して、地元の機械工場に勤務。次々と収益アップのための提案をして会社に貢献したにも関わらず、待遇面で自分よりも学歴の高い高卒の社員が優遇される理不尽さに耐え切れず、退社しました。
26歳の時に出会ったのが、ちょっと太めのもやし。
今では当たり前の太めのもやしも当時は珍しく生産量の少ない、「作れば売れる」食材だったのです。

「太もやしを大量生産すれば、必ず儲かる」と、知り合いの農家に作業場を借りて栽培を開始しました。
既に結婚して子供が二人もいるという、失敗のできない挑戦。
しかし、これまでもやし作りをしたことがないため、作り方がわからない!
大量の一酸化炭素が太いもやしを作るのでは、というヒントを聞きつけた喜信は、狭い栽培室に石油ストーブを置いてわざと不完全燃焼を起こし、一酸化炭素を発生させるという無謀な実験を繰り返したのです。
暗闇の中でストーブの火加減を調整していた時、一酸化中毒で死にかけたこともあったとか!!

ここが、現在も残っているもやし作業場跡。

栽培するための設備は、空調も含めて全て自前で製作していました。
この頃の一家の生活はと言うと…何と窓ガラスがない!
作業場二階の風呂もトイレもない狭い部屋に四人で暮らしていた喜信一家。
食卓には腐りかけたもやしの山。窓にはござが一枚。
割れた窓ガラスを買うお金もなく、寒さの厳しい新潟の冬をすきま風の中で過ごしていたのです。

3年後の苦心の末、ようやく太もやしの栽培に成功!
作業場跡地には、今はなき「大平もやし」の袋が。
あっという間に注文が殺到した大平もやし店で初めての成功を手に入れましたが、幸せは一年も続きませんでした。
ある機械メーカーが、素人でも簡単に栽培することのできる太もやしの生産機を発売したのです。市場に出回った他社の太もやしのせいで、大平もやし店の売上げは急激に下がっていきました。
「何か新しい食材を探さないとダメだ…」。
この時喜信が目をつけたのが、幻のキノコと言われ人工栽培が難しいとされた、高級品種のまいたけでした。

「まいたけを人工栽培で大量生産できれば、絶対に売れる!」。
喜信の新たな挑戦が始まったのです。
太もやしで稼いだお金を全額つぎ込み、小さなまいたけ工場を作った喜信は、2年間工場に寝泊りしてその生態を研究。
まいたけが自生する山奥の環境を人工的に作り出すことに成功したのです。
これが、日本初のまいたけ人工量産技術の発明でした。

1983年、雪国まいたけと社名を掲げて創業。
この社名にも、喜信の深いこだわりがありました。
雪国というイメージは、暗すぎるから絶対にやめた方がいいと周囲の人に言われていました。
しかし、冬の間は雪のおかげで貧乏な家も裕福な家も同じに見える??
子供の頃に感じた雪国への思いを社名にしたい、という喜信の思いが込められていたのです。

それまでは高級料亭でしか味わえなかったまいたけは、安い値段でスーパーや八百屋で手に入るようになりました。(1kg当たり1万円→1kg当たり1500円へ)
雪国まいたけは市場を独占しながら、順調に売上げを伸ばしていきました。

しかし、そんなに儲かるまいたけ市場に、なぜ他のメーカーが参入しなかったのでしょうか。
そこには、大平社長のしたたかな戦略がありました。

雪国まいたけ独占儲かり戦略

▼雪国まいたけ独占儲かり戦略(1) 工場のブラックボックス化
大平社長は大事な栽培技術が外に漏れないように、作業工程を細分化して工場の人員を配置しました。
まいたけ作りの全工程を知っているのは、社長と数人の社員だけなのです。
室内の湿度や温度などの情報は、絶対に教えられない最重要機密なのだそうです。
こちらのブルーシート、中には自前で組み立てた山の大自然に近い空調設備が詰まっているそうです。

Q:いくらお支払いすればこの空調設備のシステムの秘密について教えて頂けるのでしょうか?
A:そうですね…300億円くらいですかね!

まいたけの空調設備についてどうしても知りたい方は、300億円をご用意の上、番組までお問い合わせ下さい。

▼雪国まいたけ独占儲かり戦略(2) 価格コントロール
まいたけの消費拡大によって、創業から4年ほどで大きな市場シェアを誇るようになった雪国まいたけ。
しかし、もし大手メーカーがまいたけ市場に参入したら、勝ち目はない。
そこで大平社長がとった作戦とは…

まいたけの売り上げを的確に予測
      ↓
毎年少しだけ多めに生産して市場に放出
      ↓
徐々にまいたけの価格を下げる


「市場価格が右肩下がりの間は、他社も様子見で参入できないはずだ」との狙いから、このような策をとることにしました。
その結果、価格コントロールで新規参入を阻みつつ、まいたけの品質を改善し、独占的なポジションを確立することができたのです。
家庭や居酒屋で安くておいしいまいたけ料理が食べられるようになったのは、大平社長のまいたけに懸ける執念のおかげだったのです。

▼さて、スタジオでは雪国まいたけの大平社長にお話を伺いました。
Q:これまでの社長の苦労と努力の様子を知って、頭が下がる思いがしますね。これまで挫折しそうになったことはありましたか?
A:大平もやし店の時は経済的に困って挫折しそうになったことはありました。窓のない寒い家に家族四人で過ごしていた時は、さすがに大変でした。

Q:キノコやもやしのビジネスをやめようと思ったことはありましたか?
A:それはありませんでした。精神的には「よし、やるぞ!」という思いを強く持っていました。

Q:それは、中卒だったことによる待遇の悪さなどをバネにしていた面もあったのですか?
A:もやしのビジネスをやると決めた時、親戚などからは寄ってたかって、中卒だからできる訳がないとか、お金も取り柄もないからすぐに失敗するとか、散々言われました。でも、ここで悔しいと思って「絶対に成功してやる!」と強く決意しました。

Q:やはり、やる気と根気ですね。
A:あきらめそうになった時には死ぬ思いで覚悟を決めたら、何でも可能になります。

Q:ところで、会社のPRの仕方も面白いですよね。「雪国もやしはめちゃめちゃ高いから〜みんな絶対買うなよぉ〜雪国もやし 高いヨ!」(はなわ出演)
A:もやしって安いでしょう。テレビコマーシャルをやっても、合わないんですよ。だから、CMを打つことで3倍の効果を出さなきゃいけないと思いました。そこで、CMのためにはなわさんに曲を作って頂いたのですが、3倍の効果は出ないと判断して、全ての曲を返しました。はなわさんが作った曲の最後に「高いよ高いよ雪国もやし」というフレーズを入れてくれ、と注文したんです。

Q:その発想は、一体どこからくるんですか?
A:「高い」とは高い理念に基づいて作られている、という意味を表しているんです。ところが、消費者の方には「値段が高い」と勘違いされてしまうんですよね。店舗にはまだ雪国もやしはそんなに多くは置かれていません。ところが、CMを放送した後になってもお店に雪国もやしがないと、「なんで雪国もやしを置いてないの!?」とお客さんが文句を言うんです。そうすると、店からの発注も自然と増える。

Q:社長、天才ですね!!実際に売り上げは伸びたんですか?
A:はい、とても伸びました。

上信越キノコ戦争!?

キノコで儲ける雪国まいたけ。
ところが、キノコ業界にはもう一社、業界のガリバーとも言える会社がありました。
それは、長野県に本社を構えるホクト株式会社。
「きのこのこのこ げんきのこ♪」のCMソングでお馴染みの会社です。年間売り上げを比べてみると、100億円以上もホクトの方が上回っているのです。

雪国まいたけがまいたけ市場、ホクトがブナシメジとエリンギ市場を独占するという暗黙の了解で、二十年近く仲良くすみ分けを行っていました。

しかし2000年、キノコ業界に大きな衝撃が!
ホクトが突如まいたけ市場に参入してきたのです!!
雪国まいたけも負けてはいません。
雪国まいたけは2002年にエリンギの自社生産を開始、2004年にはブナシメジ市場に参入したのです。
特にエリンギは、年間消費量2万トンの市場に向けて、雪国まいたけが年間1万トンもの生産が可能な工場を建設。
新潟・雪国まいたけと、長野・ホクトの熱いバトルは、業界では「上信越キノコ戦争」とも言われているのだとか!!

それに伴い、消費者には大歓迎のキノコの低価格競争が始まりました。
しかし、メーカーは大変なことに…行き過ぎた価格競争で、両社とも利益は大幅にダウン。
雪国まいたけは40%、ホクトは15%の減少で、大きなダメージを受けたのです。
それでも両社は、2006年の現在もキノコ業界の覇権をかけて戦っています。

▼キノコ業界の○年先の儲かり技術とは!?
ところで、キノコメーカーは本業以外にもこれからの儲かりのタネを扱う最先端技術を持っています。
キノコはそもそも菌。開発には、バイオテクノロジーと呼ばれるミクロな研究が不可欠なのです。

雪国まいたけの種菌開発センターで白衣姿の研究者が行っているのは…
生産性の高い品種と風味の高い品種をかけ合わせて、たくさん収穫できるおいしいキノコを生み出す研究。

Q:人工栽培が難しいキノコもありますが、それも研究しているのですか?
種菌開発センター・小島陽光課長:そうですね…マツタケの人工栽培を研究しています!

Q:何が難しいのですか?
種菌開発センター・小島陽光課長:キノコを発生させるのに必要な条件がはっきり分かっていないので、それを整えることが難しいですね。

また、雪国まいたけの別の部屋では、ガソリンの代わりのエネルギーとして、キノコをとった後の培地(主成分おがくず)を再利用して、植物性の新エネルギーであるバイオエタノールを抽出する実験を行っていました。

キノコを作った後に残る廃棄物で車が走るなんて、まさにとっておきの儲かりのタネですよね!
商品化は4、5年後を見込んでいるとのこと。キノコ業界のさらなる進展に注目していきたいですね。

▼引き続き、大平社長にお話を伺いました。
Q:マツタケの人工栽培について、この場でバラしてしまってもよかったんですか?
A:もう既に言ってしまいましたが、まだあまり期待しない方がいいですよ(笑)

Q:バイオエタノールの研究はすごいですね。将来順調にいってコストダウンにも成功したら、相当な儲けになるのでは?
A:儲けというよりは、国への貢献ですね。お金は不自由しないだけあればいいんですから。あとは、いかに社会から褒められるかですよ。

Q:上信越キノコ戦争がありましたが、その勝算は?
A:負けませんよ!我々は相手が攻めてくる前からくるぞくるぞ、と用意していました。ただ攻められるだけではまずいので、ホクトが一番儲かっていて、かつ当社も作ると儲かりそうなエリンギ事業に参入しました。

Q:結構バチバチ対立してるんですか?
A:そうですね、しょっちゅうぶつかってますよ!

Q:ですが、競争を一度やめた方がいいのでは?そしたら、雪国まいたけもホクトもお互いにもっと儲かるのではないかと思いますが…
A:でも、単に儲かるよりも面白いじゃないですか(笑)

Q:学歴に関わらず、社長になる秘訣があれば教えて下さい。
A:それは三つあります。
一つは、社長になりたいと強く望むこと、
二つ目はお客様が何を求めているかを正確に予測すること、
三つ目はお客様が望んでいることを誰よりも有利な条件で叶えてあげることです。
社長になりたいという強い思いがあれば、どんなに精神的・肉体的に負荷がかかったとしても、普通のことではへこたれません。欲望欲求を刺激して、死んでもいいと思えるくらいに価値ある目標、人生の目標を設定することですね。

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