コラム

2020年11月21日更新 text by 寺田辰朗

第7回五輪マラソン代表の前田が「去年の悔しさを晴らしたい」と意欲
10年ぶりの栄冠へカギを握るベテラン小原と前回5区区間賞の三宅

内容

東京五輪マラソン代表の前田穂南(24)を擁する天満屋が、「去年の悔しさ」を奮起材料としている。昨年は終わってみれば優勝したJP日本郵政グループと28秒差の4位。一昨年の57秒差の2位より、可能性は大きかった。エースの前田は来年の五輪に向け、スピード強化が一段と進んでいる。前回5区区間賞の三宅紗蘭(21)も5000mで自己新を出し。
しかし三宅は夏以降、故障で走れない時期があった。例年の合宿場所であるアルバカーキに行くことができず、練習の変更により疲れが出ている選手もいる。

そんなチームの中で存在感が増しているのが、クイーンズ駅伝12年連続出場となる小原怜(30)である。調整試合の5000mで自己新を出すなどかなり好調な様子。小原の経験豊かな走りが、10年ぶりの優勝に大きな力となりそうだ。

●スピード強化に成功した前田。区間新も視野に

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前田はTBSの取材で「優勝が目標です」と、天満屋にとって10年ぶりの頂点を目指すことを明かした。
「去年優勝を目指していたのですが、(28秒差の4位と)悔しい思いをしたので、目標を下げたくはありません。1人1人が自分の目標にしっかり取り組めていたら、優勝争いができたのかな、と思います」
下げたくはない、と少し微妙な言い方になっているのは故障者が多く、「メンバーを組むのもぎりぎり」というチーム状態でもあるからだ。
前田自身は昨年、9月のMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。東京五輪代表2人が決定)で優勝して注目されたなか、3区(10.9キロ)を34分55秒の区間3位で走りきった。2区で薫英女学院高の後輩である谷口亜未(20)が18位まで順位を落としていたが、「シード(クイーンズエイト)は絶対に取らないといけない」と前だけを見て走った。7人抜きで11位までチームを浮上させ、5区の三宅の区間賞(&5人抜き)など、後半区間の選手たちの好走を引き出した。
「特に注目されているとは感じませんでした。自分の走りに集中してタスキを渡せたと思います」
しかし、前述のようにチームは目標を達成できず、悔しさが残った。今年は昨年以上の走りで、もっとチームに貢献したい。

今シーズンは、1年延期になった東京五輪を見据えて、駅伝で研いてきたスピードのさらなるレベルアップに取り組んだ。それは駅伝にも生かされて、去年の悔しさを晴らすことになる。
7月のホクレンDistance Challengeを3戦し、5000mで15分31秒51、10000mで31分34秒94をマーク。自己記録を5000mは約7秒、10000mは約29秒更新し、同じ五輪マラソン代表の一山麻緒(23・ワコール)との直接対決は1勝1敗だった。9月の全日本実業団陸上10000mでも3位。優勝した鍋島莉奈(26・JP日本郵政グループ)や松田瑞生(25・ダイハツ)といったトラックの代表経験選手たちを引っ張った。

クイーンズ駅伝3区では新谷仁美(32・積水化学)が、区間新を出すことが確実視されている。武冨豊監督は「新谷さんと1分差で走れればいいのでは」と言う。
「日体大(11月14日。15分40秒81)では最初で力んだのか、後半が伸びませんでした。疲れが残ってしまっているのかもしれません。新谷さんが(1km毎)3分5秒で行くとしたら、前田は3分10秒ペースくらいでしょう」
3分10秒平均で3区を走りきれば34分31秒になり、頑張り次第で区間記録の34分30秒を更新できる。つまり今年の前田は、区間新と区間2位は可能なレベルになっている。

マラソン世界陸上7位の谷本が短い区間?

昨シーズンの天満屋で予想以上の活躍を見せたのが、谷本観月(25)と三宅の2人だろう。谷本は世界陸上ドーハ大会マラソンで7位に入賞し、長距離界を驚かせた。三宅は前述のように、入社2年目ながらクイーンズ駅伝5区で区間賞。5人を抜いて天満屋の4位に大きく貢献した。
世界陸上は高温多湿の過酷な気象条件で、アフリカ勢やスピードのある選手がそれに対応できなかった。9月開催のMGCとの兼ね合いで、日本選手の多くが敬遠したのも事実だ。だがトラックや駅伝では普通の選手の谷本が、マラソンなら世界で入賞できる。多くの選手に勇気を与える走りだった。

谷本のクイーンズ駅伝は13、14、16年が2区で、17年以降は3年連続1区。昨年の区間11位を除けば一度も、区間2桁順位がない。典型的なスタミナ型選手と思われているが、駅伝で集中すれば想定以上のスピードが出せる選手なのだろう。18年夏の北海道マラソンで3位と敗れはしたが、初マラソンで注目を集めていた鈴木亜由子(日本郵政)から果敢にリードを奪ったシーンも印象に残っている。
谷本は「世界陸上は色々な条件もありましたが、上手くつかんだ運でした。クイーンズ駅伝の区間11位。それが私の実力です」と言う。区間賞の廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)と57秒差があった。今年は1区を、スピード型の三宅に譲るかもしれない。
「タスキがどの順位で来るかわかりませんが、絶対に落とさないようにしたい。短い区間なら最初から最後まで、全力で走るしかありません」
谷本の駅伝での“全力”は期待できる。
マラソンの世界陸上入賞者が、昨年は順位を落とした2区など駅伝の短い区間でチームに貢献する。“マラソンの天満屋”だが色々な側面を持っている。それが天満屋の強さであり、駅伝でも上位を維持する要因だろう。

●復調次第では重要区間を任される三宅。有望新人の大東の走りにも注目

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三宅が前回走った5区は、1区の重要度の高まりでエース級の出場が減っているのは事実だが、入社2年目の20歳が区間賞を取ったことには驚かされた。三宅自身も驚いたが、「(日本の)上の方で勝負できる感覚をつかめたので、上の舞台で勝負していきたい」と、自信につなげられた。
7月のホクレン千歳大会5000mでは15分29秒18の自己新。同じレースに出ていた前田に先着した。「駅伝ではチームの優勝が目標です。そのためには今年も区間賞を狙っていきます」。千歳大会後の取材でそう話していた。

武冨監督も「1区は三宅で行きたい」と期待していたが、ホクレン後に左ヒザを痛めてしまった。反対脚のヒザに痛みも出るなど、完治に時間がかかった。10月には(週に2〜3回行う負荷の高い)ポイント練習を再開したが、継続でき始めたのは11月からだという。
その状態でも、三宅の“戻し方”は速かった。本番8日前の日体大5000mでは15分52秒09。昨年も1週間前の5000mは15分53秒04だった。練習の流れが違うので本番が同じになるとは限らないが、「急ピッチに仕上げた割りには日体大は走れました」と三宅本人は感じている。
「怖がっている場合じゃないので、5区なら去年くらいの走りはします。1区ならどれだけの差で2区に渡せるかが重要になります。30〜40秒差には抑えたいです」
1区なら天満屋のレースの流れを、5区なら昨年同様レースの行方の大勢を、復調した三宅の走りが決める。

ルーキーの大東優奈(23)も注目の選手。
大東は1週間前の日体大5000mで15分59秒69。天満屋では平凡なタイムだが、大東にとっては自己新だった。兵庫県の伊川谷高、兵庫大と、強豪校ではない環境で育った。大学で駅伝の全国大会に出場したが、個人種目での実績は関西インカレ5000m8位くらい。無名の存在だった。
「天満屋から声をかけられるまで、実業団入りはまったく考えていませんでしたが、もし実業団に入ったら、どれくらい成長できるか、自分でも知りたくなったんです」
武冨監督はスピード不足を強調するが、「粘り強さがあって、レースでも安定感があります。このまま行けばマラソンもしっかり走れる選手になるのかな」と期待する。
区間は未定だが、昨年の三宅や以前の前田、さらには天満屋歴代の五輪代表がそうだったように、若くして天満屋の5区に抜擢される可能性もある。
昨年まではテレビで別世界と感じながら見ていた駅伝を、自身がトップチームの一員として走る。
「怖さもありますが駅伝は好きなので、自分がそこを走ったらどういう走りができるか、楽しみにしているところもあるんです」
大東の実業団駅伝デビューが、レベルの違いはあっても昨年の谷本や三宅に匹敵するくらい周囲を驚かせるものなら、天満屋に大きな勢いを与える。

●どの区間にも対応できる12年連続出場の小原

そしてこれまで大舞台で主役になりきれなかった小原の走りが、今年は大きな意味を持つことになるかもしれない。
1週間前の日体大5000mは15分37秒43。意外なことに自己新だった。近年はマラソンで活躍しているが、高校時代は3000mで世界ジュニアに出場し、15年世界陸上北京大会は10000mで代表入りした。天満屋歴代のマラソン選手の中でもスピードはトップクラスの選手。5000mでは15分20秒台を出しているイメージがあったのだ。
「毎年1週間前は中国実業団記録会などを走るので、チームのペース走的なレースになるのですが、今回は他の実業団チームや強い学生もいたので、いつもよりゴチャゴチャしたイメージのレースになりました。その中で落ち着いて走ることができたので、良い経験になったと思います」
武冨監督からは「練習で波がある」とよく指摘されるが、試合が近くなると練習で外す回数が減っていく。小原は駅伝の良さを「チームの雰囲気がレースに向かって上がっていくので、そこに私も乗りやすいんです。1人では頑張れないところも、みんなで1つのところを目指すことで力が出せる」と語る。

天満屋では唯一、10年前のクイーンズ駅伝優勝を経験している選手。言葉で何かを伝えることは苦手だが、「練習をしっかり引っ張ること」が、自身がチームのためにできることだと考えて走り続けてきた。
10000mではラストチャンスで標準記録を破って15年世界陸上代表入りしたが、マラソンでは16年名古屋ウィメンズで1秒差の日本人2位でリオ五輪代表を逃した。19年MGCも2位の鈴木亜由子と4秒差の3位で、またもマラソン代表の座を逃した。
それでも腐らず、次は駅伝、次はマラソンと、前を向いて走り続けた。武冨監督からは厳しい言葉をかけられるが、お互いに信頼しているから12年も関係が続いている。

クイーンズ駅伝はここ2年、アンカーの6区で区間4位と区間2位。その前の3年間(15〜17年)はエース区間の3区。13〜14年は5区、12年は3区、11年は1区。優勝した10年と、入社1年目の09年は2区だった。区間賞はないが11年間すべて、区間ヒト桁順位で走ってきた。
4区を除く5区間を経験してきた小原の経験が、ここに来て重要度を増している。今の天満屋は前田というエースがいて、伸び盛りの若手である三宅がいる。マラソン世界陸上入賞者の谷本も、有望新人の大東もいる。だが何人かの選手に不安要素もある。
小原はチーム状況に合わせて、どの区間にも切り札的に起用できる。1区を区間賞チームと大差なくつなぐこともできるし、5区を1人でペースを作ることもできる。3年連続アンカーなら過去2年間の経験で「何も考えずに前を追って突き進める」と感じている。
「練習がしっかりできれば、練習の過程でこの区間を走ると準備をしていけます。(スタッフから期待される)イメージ通りにだいたい走ることができるんです。今年は“あともう少しだった”ということのないように、1秒を大切に走りたいですね」
天満屋を12年間支え続けて来た悲運のランナーに、勝利の女神が微笑もうとしている。そんな予感もする。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。

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