コラム

2021年11月27日更新 text by 寺田辰朗

第6回前回2位の積水化学は新谷を5区に起用し後半勝負の布陣に
前回とは違ったチームに成長した積水化学が初優勝に挑む

内容

積水化学が新谷仁美(33)を5区に起用してきた。新谷は前回3区で驚異的な区間新記録を樹立し、JP日本郵政グループに大差をつけてトップに立った選手である。前日会見で新谷は「5区は下見をして難しいコースだと感じました。色々な意味でタフさが求められるます。前にいても後ろにいても、優勝目指して走ります」とコメントした。
1区には今季1500m・5000mで自己新の森智香子(29)、2区には東京五輪1500m代表だった卜部蘭(26)、3区には5000mからマラソンまで日本のトップレベルの佐藤早也伽(27)、4区にトラックで自己新を連発している弟子丸小春(20)、6区には期待の木村梨七(19)を起用した。
1区に鈴木亜由子(30)、3区に廣中璃梨佳(21)の両東京五輪代表を起用。先行策を取った日本郵政に対し前半で大きく離されず、5区の新谷で勝負をする。仮に新谷で決めきれなくとも、アンカーの木村でもう一度勝負ができる。昨年の1、2位チームが、前回とは反対の陣立てで駅伝日本一決定戦に臨む。

●野口監督が説明する後半型布陣で戦う経緯

積水化学が後半勝負にかけてきた。
チーム最高順位の2位になった前回は、1区の佐藤が区間3位でスタートし、2区の卜部が区間賞の走りでトップを行くJP日本郵政グループに10秒差まで迫る。3区の新谷が日本郵政・鍋島莉奈(27)を逆転し、55秒差をつけた。新谷は33分20秒と区間記録を1分10秒も更新し、区間2位の鍋島に1分05秒も勝っていた。
4区は積水化学・木村と日本郵政・宇都宮恵理が同タイム。5区スタート時には55秒差があったが、日本郵政の鈴木亜由子(30)が7.5km付近で積水化学を逆転。29秒のリードでアンカーの6区に中継し、日本郵政6区の大西ひかり(21)が積水化学との差を1分16秒にまで広げて優勝した。
積水化学とすれば、後半が手薄となることを覚悟で前半型のオーダーを組んだ。終盤まで優勝争いをして敗れたことで、選手が奮起をした。特にこの1年間では、1区の佐藤や4区以降を担った選手、控えだった選手が自己記録を伸ばした。
新谷の調子は昨年ほど上がっていないが、スタッフの見立てでは10000m30分台の力は戻っている(昨年はクイーンズ駅伝2週間後に30分20秒44の日本新)。仮に新谷のマイナスが40秒あったとしても、佐藤と卜部の成長で、3区終了時点のマイナスは20秒程度にとどめられる。ただ、日本郵政3区の廣中の成長も大きいので、40〜50秒のビハインドも覚悟しないといけない。

それでも、後半区間を走った選手の成長を考えれば、前回と同じオーダーの方が計算しやすいだろう。野口英盛監督も「前回と同じ1区・佐藤、3区・新谷がセオリー」と前置きをした後に、新谷5区の後半型オーダーを組んだ理由を次のように説明した。
「一番やりたかったのが“5区・新谷”でした。後半にもう1つ山を作りたかったですし、他のチームに怖さも与えられます。佐藤と新谷の配置は、佐藤が前に選手がいた方が追っていけるタイプなのに対し、新谷は去年の3区のように追っても1人でも出し切れるタイプです。(5区の)上り下りにも強い」
廣中が1区に来るか、来ないかもシミュレーションした。
「佐藤を1区に起用して廣中選手が1区に来なかったら、(新谷と並んで)チームの一番強い選手を最初に使ってしまうことになります。廣中選手が1区に来たとしても、後半区間のもう1枚がいなくなる。実際、3区と5区に強い選手を起用する今回のオーダーがベストです」
野口監督はかなり迷ったようだが、11月中旬には1・3・5区は決めていたという。選手たちも覚悟を持って最後の練習に取り組んできた。

●前回5区で逆転された森が取り組んだこと

今回のオーダーを決断できたのは、1区の森と3区の佐藤の成長に負う部分も大きい。森は29歳とベテランの域に入ってきたが、今季は1500mと5000mで自己新記録を出すなど、また一段階レベルアップした。
昨年の5区で日本郵政に抜かれた当事者である。自分が変わらなければ今年の優勝はないと考えた。
「去年の2位は過去最高順位でも悔しさの方が大きかったです。私自身100%の状態ではありませんでしたが、チーム状況的に5区に行くことになりました。10kmを走り切ることしか考えられず、守りの走りになってしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいでした。終わってすぐに、優勝に向けて365日、どう取り組んでいくかを考えました」
森が実行したのが「冬に走り込みをする」こと。例年、駅伝の疲れや故障などでそこまで走り込みができなかったが、昨年の駅伝後はしっかりと走り込んだ。おそらく日常生活も、これまで以上に競技優先で送ったのだろう。「苦手だったハーフマラソン」で2月に1時間10分53秒と自己記録を大きく更新。5月には5000m、1500mと2週連続自己新をマーク。1500mの翌日には3000m障害でも自己記録更新を予感させるタイムを出している。

11月中旬の取材時に、「5区なら昨年より1分はタイムを縮められる」と自信を見せていた。1区ならどう走るのか?
「区間賞は頭にありません。チームの優勝に向けてタイム差だけを意識します。後ろに新谷、佐藤、卜部がいるチームの1区なので、絶対に失敗できない、というプレッシャーは感じないでしょう。もし廣中さんが来ても、第2集団でタイム差だけ考えればいい。むしろ他のチームの方が、優勝のためには私を離さないといけないのでプレッシャーを感じやすいのでは」
野口監督は「1区で30秒離れてもいい。そう思って冷静に走ってくれれば」という期待の仕方をしている。30秒以内でスタートすれば、2区の卜部、3区の佐藤もプレッシャーを感じずに走ることができる。

●3種目で日本トップランナーに成長した佐藤

3区の佐藤は昨年12月の日本選手権10000mで、新谷のペースメーカーを務めた上で、自身も31分30秒19の自己新で3位に食い込んでいる。3月の名古屋ウィメンズマラソンは2時間24分32秒で2位。風の影響で前年の2時間23分27秒は更新できなかったが、来年の世界陸上オレゴン大会の有力候補と認められる存在になった。そして9月には5000mでも15分08秒72と世界陸上標準記録を突破した(狙う種目はマラソン)。この1年間で3種目の日本トップランナーに定着した。
27歳になったが、佐藤は成長のまっただ中という雰囲気がある。昨年のクイーンズ駅伝後にはチューブを使ったトレーニングを導入した。フィジカルコーチの指導のもと週に1回、佐藤だけの特別メニューを組んだという。野口監督は「マラソンを視野に続けていますが、上半身と下半身の連動がよくなり、感覚が変わってきています。春先に故障をして苦しんだ時期もありましたが、9月の全日本実業団陸上でインパクトのある走りができました(5000mで世界陸上標準記録突破、10000mでも31分台)。年間を通して高いレベルで安定してきたので3区起用を決断できた」と話す。

佐藤自身は11月中旬の取材で「3区は直線で前を走る人がよく見えるコース。アップダウンもないので流れに乗ったらハイペースで押していける区間だと思います」と話している。
仮に1〜2区でトップに立てなくても、3区も昨年の新谷のような爆走はできなくても、今の佐藤なら廣中以外の選手には追いつく可能性が高い。佐藤にその力があるから今回のオーダーを組むことができた。

●積水化学に起きたTWOLAPSTCとの相乗効果

積水化学の新谷と卜部は、800m前日本記録保持者の横田真人コーチが運営、指導するTWOLAPSTCで練習を積んでいる。千葉県柏市を拠点とする積水化学本隊とは別々で行動しているが、両者は刺激し合って成長してきた。
昨年は佐藤も1区で区間3位と好走したが、2区の卜部、3区の新谷とTWOLAPSTCコンビの区間賞が強烈だった。それに対して4区以降の選手は区間14位、16位、11位で、2位を守るのが精一杯だった。
しかし4区以降と控えの選手たちが、そのことを本気で悔しがり、奮起をした。「みんなで強くなろう、という雰囲気に変わりましたね」と野口監督。
「去年は練習でAB2つの設定があればBの選手が多かったのですが、今年はAを選ぶ選手が増えました。本数も自分で加えたり、ジョグの量を増やしたり。トラックシーズン序盤に結果を出したのは森だけでしたが、7月のホクレンDistanceChallengeで自己新が続出して雰囲気が変わりました。故障を気にして抑えていた木村も、それを見て夏場にしっかり練習して、9月の3000m、10月の5000m(15分35秒61の大幅自己新)と一気に来ました」
自己記録を更新する選手が続出し、野口監督は初めて、5000mで15分台のシーズンベストを出した選手を駅伝メンバーから外したという。
昨年2位になった直後から、野口監督はTWOLAPSTCコンビ以外の奮起をうながしてきた。チームがそうなるように、終盤まで優勝争いができるオーダーで戦ったところもあった。だが1年間でここまで成果を出したことには、多くの関係者が賛辞を送っている。
「新谷が去年のプリンセス駅伝ですごい走りをして、半信半疑でしたが自分たちも優勝争いができるんじゃないか、という気持ちにチームがなれたんです。クイーンズ駅伝を戦って、自分たちが伸びないと勝てないことがわかった。そして今年は新谷が苦しんでいるのを見て、去年優勝争いを経験できた感謝の気持ちを、今年は新谷に返したいと思い、その思いを行動に移すことができた。明日のレースでも感謝の気持ちで走り、1秒でも2秒でも早く新谷にタスキを渡せば何かが起こる」

新谷がチームの他の選手に刺激を与え、それに応えて成長した選手たちが、1年後には新谷に力を与える走りをする。前回2位のチームが思い描いた通りの軌跡で、1年後のクイーンズ駅伝を迎えようとしている。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。