コラム

2018年11月21日更新 text by 寺田辰朗

第5回京セラが上位争いの台風の目となるか
元市民ランナーである山ノ内の出現でチームに変化も

内容

京セラに山ノ内みなみ(25)というエースが突如現れた。
昨年8月に入社するまでは市民ランナーという異色の経歴の持ち主。佐藤敦之監督と同じ福島県出身で、手紙を書いて入社を願い出た。
昨年は10月に故障をして駅伝には出られなかったが、本格的に練習を再開して2〜3カ月で織田記念5000mの日本人1位を占めると、アジア大会代表にまで成長。
11月のプリンセス駅伝ではエース区間の3区で10人抜きを見せた(チームは2位通過)。その山ノ内の出現で、京セラはチーム内にも多くのプラス効果が現れ始めた。
佐藤敦之監督体制になって3回目の出場で、クイーンズエイト入りを狙うチームに成長した。

プリンセス駅伝で明確になった課題

クイーンズ駅伝3区に備えて、佐藤監督は山ノ内に自身のビデオを見せたという。
ニューイヤー駅伝5区で区間賞の6人抜き、チーム(中国電力)も優勝した2007年大会の映像だ。
その大会を選んだ理由を「それ以前は力んで走っていたので、それを見せたら良くありません(笑)」と謙遜気味に説明するが、山ノ内に見せた理由は、前半から速いペースで入る走りを見せることだった。

プリンセス駅伝は山ノ内にとって、大きな大会としては初めての駅伝だった。
日本代表を実業団駅伝よりも先に経験する、極めて珍しい選手になった。
だが不安が的中した。前を追う展開になったときにどう走ったらいいのかわからず、前半を抑えすぎてしまったのだ。
5kmまで誰も抜くことができず、後半だけで10人を抜いた。
それはそれですごいことなのだが、山ノ内も反省しきりだった。
「自分の感覚で行ったのですが、結果的に前半行けていませんでした。大失敗するのが怖かったからなんだと思います。クイーンズ駅伝では今日の経験を生かして区間賞を取りたいです」
自身のビデオを見せるだけでなく、佐藤監督は練習のレベルも上げた。
「プリンセス駅伝後2週間は他の選手と同じ質の練習をしましたが、3区で追い上げる走りをするにはもう一段階、練習の質を上げないと苦しいと思いました」
10〜15秒、他の選手より後ろからスタートして追いつき、さらには引き離す走りをするメニューを取り入れた。ただ、懸念もあった。日本選手権前に練習レベルを一段階上げたときに、「こなすことができなくて自信を失った」ことがあったからだ。
「今回は本人が、高いレベルを目指す意思を持っていることが伝わってきました。クイーンズ駅伝で走れたら、1段階上のレベルを目指せると思います。真価が問われるレースになるでしょう」
初めて出場するクイーンズ駅伝で、いきなり大きな課題を課せられた。山ノ内が大物選手である証ではある。

エース区間以外の戦い方は?

山ノ内が走る3区以外は、京セラはどんな戦いをしようとしているのだろうか。
堀口あずき(20)の5区が決まっている。クイーンズ駅伝は前回も5区で区間3位。今年のプリンセス駅伝も5区で区間2位。駅伝では実績がある。
「トラックでは速くないのですが、アップダウンを走ることや単独走には強いですね。人について走るのでなく、自分でガンガン行ってほしい選手。将来的にはマラソンもやったら面白い。東京五輪は無理ですけど、パリ五輪では代表を狙えると思います」
京セラにとって大きいのは、盛山鈴奈(24)がメンバーに復帰することだ。
「ぎりぎり間に合いましたが、練習に復帰すればチームでも山ノ内に次いで2番目に強い。ポイント練習の間をかなり休ませて(調整して)、今回間に合いました。休んでいる間も本人がハードに筋トレをして、体力が落ちません」
高校3年時の全国高校駅伝レース中に左脚大腿を疲労骨折。
鹿屋体大では3年間走れなかったが、4年時の日本インカレ10000mで優勝した。
精神力の強さと、ケガが治って戻ってくれば強いことを示していた。

区間は明かさないが、佐藤監督の話を総合すると主要区間の起用もあるかもしれない。
前回区間5位の松田杏奈(24)もいる。
2人のうち1人を主要区間以外で起用できるのは、今年の京セラの選手層が厚くなっていることを意味している。
「去年はケガ人が多く難しい状況で駅伝を走らなければいけませんでしたが、今年はまったく走れない選手はいません。その分、メンバーを競って決められます」
故障者が多かった中でも、昨年のクイーンズ駅伝は1区の松田と5区の堀口が結果を出した。キャプテンの古瀬麻美(30)も長野マラソンで優勝し、床呂沙紀(24)は北海道マラソンで5位に入った。
「本気でアプローチすればできることがわかってきた」という。
「そこに良いタイミングで山ノ内が入ってきたんです」と、佐藤監督は“山ノ内効果”がこの1年でチームに起きていたことを明かした。

山ノ内がもたらしたチームの変化

1つは結果を出せば評価されるということを、チームとして認識できた。逆にいえば「真面目に頑張っています」だけでは評価しないことを、強化方針としても前面に出し始めた。
「高卒の選手も多く、昨年までは自己新を出せば『頑張ったね』という評価をしていました。しかし上を目指すことを考えたら、それでは通用しません。そこへ山ノ内が入ってきて、1年も経たないうちに代表にまでなってしまった。他の選手にとってはキツい部分もありますよ。真面目に走ってきた自分はなんなんだ、と思うこともあると思いますが、真面目にやっている、頑張ってやっている、だけではダメなんだとはっきり言うようにしました」
選手にとっては厳しい言葉を指導者から言われることになる。
これはどの指導者も悩む部分で、そうしたやり方を採用して結果が伴わないと、チームのマネジメントが崩れ、やる気のない選手が出てきてしまう可能性がある。山ノ内以外の選手でも結果を残し始める選手が現れたことで、京セラ・チームは崩れなかった。

もう1つの“山ノ内効果”は、駅伝で届く位置がチームとして見えてきたことだ。
「他チームのエースに勝つのが現時点で難しいのは、選手たちもわかることです。そこに山ノ内の加入と急成長があり、京セラとして3区が戦えるようになりました。
堀口は3区が無理でも5区なら通用しました。松田も1区なら走れた。そこに盛山が加わったら、もっと強いチームになります。
山ノ内がいるのなら、自分たちがレベルアップすれば戦えるんじゃないか。手が届きそうになかった順位が、自分たちが頑張れば届くと思える。背中が見えると頑張ることができる心理状態です」

これは、佐藤監督が中国電力に入社した時の状況と似ている。
当時の中国電力は油谷繁や尾方剛、梅木蔵雄らがいて、強くなる兆しがあった。そこに駅伝にもめっぽう強い佐藤監督が加わったことで、ニューイヤー駅伝優勝を現実的な目標にできるようになった。
それを指摘すると佐藤監督も「そう言われると、似ているかもしれませんね」と認めた。
「今の京セラにも似たような化学変化が起こっています。上手く行く方のムーブメントを持ち始めたと思います」
もう1人代表クラスの選手が育てば、京セラは駅伝で優勝争いができるチームになる。

チームに変化をもたらした山ノ内自身も、京セラに入社したことで大きく変わっている
例えば入社当初は、練習を途中でやめる頻度が高かった。佐藤美保コーチが「市民ランナー時代は体調が悪ければ練習をやめていいわけです。
入社後しばらくはそのクセがとれなかったのですが、最近はそれがなくなってきました」と、アジア大会前に話してくれた。
山ノ内は京セラの稲盛和夫会長の書籍を読み、競技へ取り組む姿勢が変わったという。
「自分が幸せになるためには辛いこと、嫌だなと思うことも積極的にやることが大事だと書かれていました。辛いことを、辛いと思っていたら、それだけで終わってしまいます。辛いことも成長するきっかけになる。京セラに入って頑張って、それがわかりました」
生まれは会津で、3歳から郡山で育った。福島県人らしく、性格は控えめだと自己分析。以前は「あまり大きなことは言わない性格」だった。
「今はちょっと前向き、くらいでは後ろ向きなんだと思って、かなり前向きなことを言うようにしています」
3区の区間賞は、山ノ内にとってすでに、前向きというよりも現実的な目標である。1、2年後には、チームの優勝も目標としているのではないか。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。

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