コラム

2018年11月20日更新 text by 寺田辰朗

第4回ワコールは新人次第でワンチャンスあり
36歳・福士が若手とともに東京五輪に挑戦中

内容

優勝テープを切る福士加代子(36)の笑顔が印象的だった。
クイーンズ駅伝の予選会であるプリンセス駅伝(10月21日)は、ワコールが2時間19分16秒で2位に1分11秒の大差をつけた。新人4人を起用する大胆な布陣だったが、6区の福士に「優勝テープを切らせてあげたい」という永山忠幸監督の親心的な区間起用でもあった。
永山監督は前日の取材で「クイーンズでは(優勝は)難しいが、プリンセスならワンチャンスある」と話していた。そして翌日のレースは3区で一山麻緒(21)が区間賞の走りで2位に上がると、福士の前の5区でトップに立った。福士以外の選手たちが奮起した結果である。
クイーンズ駅伝本番でも若手選手たちの走り次第では、ワコールに“ワンチャンス”がある。

プリンセス駅伝で福士が復活

福士加代子は“レジェンド”に近い存在だろう。
5000mの日本記録を02年以降4回更新した。五輪種目ではないが3000mとハーフマラソンを合わせ、現在3種目の日本記録を持つ。
五輪は04年アテネ大会から12年ロンドン大会まではトラックで、16年リオ大会はマラソンで出場した。陸上競技女子では最多出場記録である。

しかしリオ五輪後は、さすがの福士も休憩状態に入っていた。
17、18年の2シーズンは5000mが15分50秒台で、1万メートルは33分を切っていない。マラソン復帰戦のスタートラインにも立てていない。
プリンセス駅伝で福士が出場した6区は、主要区間ではない。五輪&世界陸上の代表経験選手は福士以外、誰もいなかった。それでも6.695kmの距離で、区間2位に1分ちょうどの差をつけたのは驚異的である。福士復活印象づける走りだった。
福士節も復活だ。
「いやー、嬉しいですね。(トップでタスキが来て)ホント、ビックリしました。トップをどうやって走っていいかわからなかったので、(先導の)白バイを抜こうと思って走りました」

福士のスイッチが入ったのは今年の7月から。
永山監督は「ヒザとか色んなところに痛みが出ていました。7月の状態からは、今の福士は想像できません。それだけ東京五輪に照準を定めてきている」と話した。
プリンセス駅伝は区間5位で十分だった。予想を上回る走りは「駅伝が大好きで、みんなの思いをしっかり受け止めて走った結果」だという。
来年3月までに走る予定のマラソンに向けても、駅伝がステップになる。
「駅伝でスピードを戻さないとマラソンにつながりません。駅伝は日本の文化であり、福士が一番好きな種目です。クイーンズ駅伝をきっかけにしたい」
プリンセス駅伝ではアンカーの福士に優勝テープを切らせようと、1〜5区までの選手のモチベーションが上がった。
仙台では逆に、前半の1区か3区に福士が登場して、チームを上位の流れに乗せ、後輩たちのモチベーションを上げる役割を担うのではないか。プリンセス駅伝終了時にはそう思われた。

プリンセス駅伝で突破口を開いた一山

ワコールのエースは現在、福士からその座を引き継いだ一山麻緒である。
入社3年目。クイーンズ駅伝は1区が3区への出場が有力だが、どちらでも区間賞候補だ。
一山は入社1年目に1区で区間賞を取り、2年目の17年シーズンには日本選手権で5000m、10000mの2種目とも4位に入賞した。タフな試合出場ができることも特徴で、昨年の全日本実業団陸上はジュニア3000mも含めて3種目を走った(10000mでは2位)。
だが18年シーズンは、前年の勢いがなくなった。日本選手権は5000mが10位で10000mが5位。シーズンベストも17年を下回っている。「1月にヒザを痛め、2カ月間苦しんだ」(永山監督)のが引き金だった。
「ケガを怖がって練習が慎重になってしまったし、周りから色々な言葉をかけられるようになり、自分にプレッシャーをかけすぎている」

実業団1・2年目で日本のトップレベルに成長した点は先輩の福士と同じだが、違いはマラソンに早く取り組もうとしていること(福士の初マラソンは入社8年目)。
クイーンズ駅伝で弾みをつけて来年初マラソンに出場する。
「食べることが大好きで、練習がしっかりできる。マラソン向きの選手だと思います」と永山監督の期待は大きい。
「今年はレースの失敗も続いて、迷路に入ってしまいましたが、強くなる過程で皆が通る道でしょう。福士もアドバイスをしてくれているようです。プリンセス駅伝で突破口を見つけてほしい」
永山監督がこう話した翌日のプリンセス駅伝3区で、一山は区間賞を獲得し、10人抜きの快走を演じた。つかんだ突破口をクイーンズ駅伝で押し広げ、さらに上のレベルの走りをしたい。

1週間前(11月17日)の中国実業団長距離記録会5000mでは15分42秒30で1位。
チームのホームページに「今回のレースは後ろに付かせて頂き、自分が出ると決めたところまで落ち着いて走ることが出来、駅伝まえの良い刺激レースになりました! 駅伝に向けて、全員無事に合宿をやりきりました!みんなで上位目指して頑張ります!」と記している。自信をつけたことがうかがえる。

19歳・長谷川の1区はあるのか?

プリンセス駅伝終了時には、福士と一山の2人が1・3区を分担すると思われた。
1区を走った長谷川詞乃(19)が区間15位に終わっていたからだ。
高卒1年目だが10月に5000mで15分46秒76と、好タイムをマークした選手。
「自己新を連発して破竹の勢い」と永山監督も高く評価していたが、プリンセス駅伝と同じように1区で出遅れたら、クイーンズ駅伝では取り返すのが難しくなる。
だが永山監督は、「わからないですよ。長谷川が『やらせてくれ』と、もう1回言ってくるかもしれません」とコメントしていた。長谷川への期待の現れだろう。

そして長谷川が、その期待に応えた。
中国実業団長距離記録会で15分49秒30と好走し、チーム内では一山に続いて2位。チームのホームページには「クイーンズ駅伝に向けてイメージを作ることができました」とコメントしている。手応えがあったのだろう。
最終決定は監督の判断に委ねられるが、長谷川に1区を任せられれば一山を3区、福士を5区に起用することが可能になる。
プリンセス駅伝5区を走った坪倉琴美(22)は、「淡々と長い距離を走れる選手」という監督評なので、6区にも適性がありそうだ。プリンセス駅伝2区の谷口真菜(19)も、中国実業団長距離競技会で16分01秒26の自己新で走ったので、駅伝でも上積みが期待できる。

1区で長谷川が区間1位から10〜20秒差の走りができれば、2区で多少離されても、3区の一山がトップまで20〜30秒くらいに迫るだろう。5区の福士に30秒差でタスキが渡れば面白くなる。
「福士の性格なら前が見えれば抜きに行く。それが福士の駅伝です。福士に30秒差以内でタスキが渡ればワンチャンスある」
プリンセス駅伝前日の永山監督のコメントが、クイーンズ駅伝にも当てはまる。

チームの雰囲気に乗る36歳

現在のワコールは一山がエースで、駅伝で勝つには複数の新人たちの頑張りが必要になる。
福士だけのチームではないが、それでもワコールの看板は福士である。福士の存在が、後輩たちのトレーニングや競技への取り組み方に影響しているのは間違いない。
福士は中国実業団長距離競技会では15分50秒63でチーム3番目。
自身の日本記録とは1分近い開きがあるが、「15分50秒にきましたーー!!(笑)やったぁぁ!! !!」と、ホームページに喜びのコメントを載せた。そこに現在の福士が現れていた。

プリンセス駅伝のレース後にトレーニングへの取り組み方について、以前との違いを話してもらった。
「今はチームの雰囲気に乗っていますね。この駅伝に向けてもそうでしたし、次(クイーンズ駅伝)に向けてもバンバン乗っかる。みんなに頼る。18歳、19歳の子たちに頼りますよ。(若手が頑張ると36歳も頑張る?)頑張らないけど、乗る乗る。全部引っ張ってもらって、みんなのタイムをもらっちゃう。そういう感じで(自分の調子を)上げるのは初めてかもしれません。これまではなかったと思います」
駅伝に向けてチームがレベルの高い練習を行えば、それを利用して福士も自身の走りのレベルを上げられる。それがマラソンにもつながっていく。

東京五輪というよりも、今は駅伝やチームの中を見るようにしている。
「東京五輪を頭の片隅には置いていますけど、どれだけ若い子にくっついて行けるか、という日々なんです。今できることを一生懸命にやることが面白くて。その延長線上に駅伝があるので、なんとかメンバーに入らないと、と思ってやっていたらどんどん走りが良くなって、駅伝メンバーに入ることができたので、このままの感じで引っ張ってもらえばいいかな」
少し前は、自分が最も走れていた頃を追い求め、「すぐスキップしたくなった」という。しかし以前やっていたような、レベルの高い練習をいきなりしようとしてもできない。ケガもしてしまう。新人たちが一歩一歩確実に成長する様子に、自身の今を重ね合わせている。
「できることが増えると、それが小さいことでも喜べるようになったんです。それが良かったかな。私は“足りないこと”を気にしてもうちょっと、もうちょっとと欲張って練習して、ケガも増えてしまっていた。それよりも、ちょっとでもできることがあったら喜ぶ。それを積み重ねることがいいんです」
おそらく、何かのメニューの400mのタイムだろう。
「1周80秒でしかできなかった時期があったのに、76秒でいつの間にかできています。その上も狙おうという意欲まである!」
今の福士には、若い選手たちと駅伝に向けて練習することが、前人未踏の五輪5大会連続出場に向かう道なのである。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。

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