コラム

2021年11月24日更新 text by 寺田辰朗

第3回東京五輪マラソン8位入賞の一山と10000m代表の安藤が2枚看板
ワコールはレジェンド福士が抜けたメンバーで3位以内に挑戦

内容

前回1秒差で4位となったワコールが、3位以内を目標にクイーンズ駅伝に挑む。
20年間ワコールのエースだった福士加代子(39)は、今季も現役を続けているがクイーンズ駅伝には出場しない。しかし五輪4回出場のレジェンドの遺伝子は、マラソンでは一山麻緒(24)が、トラックでは安藤友香(27)が受け継ぎ、東京五輪出場を果たした。
2枚看板以外も好調だ。ルーキーの井手彩乃(22)は1500m日本選手権3位とサプライズ的な成長を見せ、前回2区の清水萌(20)、同4区の枚田茉優(20)は練習で元気な走りを見せているという。
福士抜きの陣容で、2000年の福士入社以降ではチーム最高順位となる3位以内に挑戦する。

●後輩たちが脳裏に刻んだ福士の駅伝ラストラン

ワコールの選手たちのインタビューを聞いていると、福士は今回出場しないが、前回の続きとしてクイーンズ駅伝を考えている選手が多いことがわかる。
福士が入社後、ワコールは04年、06年、12年と4位を3回取っていた。そして昨年はアンカーの福士が6位でタスキを受け、3人を抜いて3位で競技場に入ってきた。悲願の3位以内が目前に迫っていたが、フィニッシュ直前で豊田自動織機に抜き返されて1秒差の4位となってしまった。4回目の4位を福士らしく明るく悔しがったが、そのシーンは後輩たちの脳裏に強く刻まれた。

昨年、6区を走った福士の付き添いをした坪倉琴美(25)は「正直、もう一回走ってほしい思いはあります」と話す。
「私はメンバー落ちしてしまいましたが、近くで最後の駅伝の福士さんを感じられました。チーム的にも悔しかったですし、福士さんには笑って終わってほしかったですね。今年こそ、その悔しさをバネにといいますか、私たちも強いところを福士さんに見ていただけたらな、という思いがあります」
新人の井手は入社前だったが、最後の直線で抜かれたシーンをチームメイトのような気持ちで見ていた。
「福士さんが順位を上げたのに、最後は1秒差で負けてしまったことの印象が強くて、その1秒を取り返したいと、そのときに思いました」
入社後に急成長した井手が、今年の駅伝で重要な役割を果たすかもしれない。

●東京五輪代表を決めた集中力を駅伝でも

今年もワコールの流れを決めるのは安藤と一山、2人の東京五輪代表の走りだろう。
区間配置は新人の井手が、駅伝・ロードにどんな適性を持つかによる。上り坂もある7.6kmを走りきれるメドが立っているなら、1区に井手を起用し、安藤を5区に残して勝負ができる。
だが普通に考えれば前回同様1区・安藤、3区・一山が有力で、3.3kmの2区で井手の1500mのスピードを生かすのではないか。そして、井手のスピードを生かすためにも、1区の走りが重要になる。
1区が安藤なら、区間12位に終わった前回のようなことはないだろう。昨年の失敗は「緊張とプレッシャー」が原因だったという。「なんとかしなければ、という思いが強すぎて、体が固まって5km以降大失速しました。今年は昨年失敗した分、自分に期待しています。周りを気にせず、今の自分のパフォーマンスを出すことに集中します」

クイーンズ駅伝後の安藤は順調で、2月の全日本実業団ハーフマラソンに優勝し、5月の日本選手権10000mで五輪標準記録を突破して2位(31分18秒18)。東京五輪代表入りを決めた。そこでも集中力が重要だったという。
「(代表入りができた要因の)一番は1回1回の練習に集中というか、納得のいく練習を積んできたことです。それに多くの方の支えがあってあの舞台に立てのだと思います」
五輪本番は22位(32分40秒77)に終わった。準備段階で左ひざ裏に故障が出たことが原因だったが、世界トップ選手が大舞台でもパフォーマンスをしっかり発揮する姿を見て、思うところがあった。
「本当にいつも通りの、自分らしさを出して結果を残している。その難しさ、それができることのすごさを肌で感じました。比べてはいけないのかもしれませんが、自分の不甲斐なさに悔しさを感じましたし、この舞台に帰ってきたい気持ちが強くなったので、また頑張りたいと思います」
3年後のパリ五輪は、17年世界陸上に出場したマラソンで狙う。その第一歩をクイーンズ駅伝で切る。
安藤が1区なら、廣中以外の選手には負けないだろう。2区が井手でも、前回と同じ清水でも、5位以内では3区に中継できそうだ。そうなれば3区の一山で3位以内に上がる展開が期待できる。

●五輪マラソン翌日に表彰台に届かなかった悔しさ

一山の東京五輪後はひと休みしている状態だが、レースには2回出場している。9月の全日本実業団陸上10000mでは34分35秒87で27位と、まったく精彩を欠いた。
「夏に走るマラソンのダメージが思ったより大きくて、気持ちは頑張ろうと思っていても体がついてこなかったり、貧血にもなったりしていました。最近少しずつ良くなってきたかな、という感じです」
10月の5000mは16分07秒92で自己記録から1分ほど遅かったが、ワコール勢主体のレースできっちりトップを取った。井手が0.21秒差で続く健闘を見せ、清水も数メートル差でフィニッシュした。ちょっとだけギアを上げた印象だった。
一山の東京五輪8位は、女子マラソンとしては野口みずきが金メダルを取った04年アテネ五輪以来、4大会ぶりの日本勢入賞だった。評価されてしかるべきだし、一山自身、フィニッシュしたときは「ホッとした気持ちが一番強かった」という。それがレース翌日になると「悔しいな、って思っている自分がいました。3番手もチャンスだったかもしれません」と思い始めた。
「ラスト10kmぐらいで離れてしまったのですが、自分の持ち味が発揮できずに終わってしまった感じがするので、もっと早い段階で仕掛けられる強さがつけば、もっともっと上で勝負ができるのかな、と思いました」
安藤と同様、パリ五輪に再チャレンジしていく気持ちを固めている。おそらくその気持ちが大きくなっていたから、勝負ができる状態ではないとわかっていても、9月の全日本実業団陸上に出場した。東京五輪の8位に満足していたら、大敗するとわかっている試合には出ない。

そして10月の5000mは、前述のようにクイーンズ駅伝への刺激としたと思われる。東京五輪後は「(駅伝への)自信はありません」と言うしかない状態だが、ケガなどで練習から長期的な離脱はしていない。東京五輪代表を決めた20年3月の名古屋ウィメンズマラソン後も、優勝した昨年1月の大阪国際女子マラソン後も、3〜4カ月後のレースで普通に走ってきた。
区間3位(34分38秒)で6人を抜き、4位に浮上した昨年と同程度の走りを、一山は最低でも見せてくれるだろう。

●若手選手が福士の穴をカバーすれば目標の3位以内に

1区の安藤が昨年の失敗を取り返す走りをするのは間違いない。30秒〜1分はタイムを上げてくると思われる。3区の一山が昨年と同程度なら、3区終了時点で3位を走っていることが想定できる。だが、4区以降で少しでもスキを見せれば8位争いの流れに巻き込まれてしまう。
4区は2区候補の清水か井手のどちらかになるか、坪倉になるか。練習で好調ぶりが目立つ清水を4区に起用できるなら、ワコールのチーム状態は相当に上がっている。
5区候補は、前回区間3位の谷口が7月以降レースに出ていないので、枚田が有力だ。枚田は10000mの自己記録こそ34分04秒60だが、練習中にかなり良いタイムで走っているという。谷口以上の区間順位も期待できるほど成長している。
レースの記録には現れていないが、安藤や一山の話しぶりから、若手が力をつけているのは間違いなさそうだ。
安藤は「本当に後輩たちが頑張ってくれているので、逆に先輩たちのほうが頑張れよって言われている感じです。頼もしい子たちがいっぱい成長しているので、ありがたいなと思います」と話す。
若手の成長は福士の駅伝引退と、表裏一体のことのようにも感じられる。安藤が今年の駅伝に懸ける意気込みを、福士との関わりで次のように話した。
「1番は笑顔で帰ってきたいと思います。私も去年しくじってしまったので、今年はその分もやりきりました、と報告できるように頑張りたい。チームとしても選手ひとり1人が自分らしい走りをすることが、福士さんへの恩返しになる。先輩やりましたよ、って胸を張って報告できると思うので、そういう走りをしたいと思っています」

一山は“新チーム”ということを強調するが、“福士のチーム”のことのように話していた。
「若い選手が多くみんな明るく元気なので、新チームという雰囲気になっています。福士さんがいないメンバー、新しいメンバーで、ユニホームも新しくなったので、新しいワコールを皆さんにみてもらいたい。もちろん福士さんに見守っていてもらいたいです」
福士が成し遂げられなかった3位以内に、福士の影響を受けた選手たちが、新生ワコールとして挑戦する。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。