コラム

2018年11月19日更新 text by 寺田辰朗

第3回ダイハツは2種目で今季日本最高の松田が3区
2年目の大森の成長でV争いに加わるか

内容

ダイハツは松田瑞生(23)と前田彩里(27)の2人がチームの看板的存在だが、前田にアキレス腱の痛みが出てしまった。
無理をすれば出場可能な状態だが、来年のマラソン出場を考え大事をとって欠場することになった。
昨年5区区間賞ランナーの離脱は痛手だが、代わりに入社2年目の大森菜月(24)が成長。学生時代に大活躍した選手が、実業団選手として再び勢いを取り戻しつつある。松田の爆発力を、残りの選手たちがどう生かせるか。
キャプテンの吉本ひかり(28)を中心に、高まっている初優勝への意欲が戦力ダウンをカバーする。

本人は練習を不安視も松田に期待できる理由とは?

松田瑞生は1月の大阪国際女子マラソン優勝、6月の日本選手権1万メートル2連勝、そして9月のベルリン・マラソンで自己記録更新と快進撃を続けている。
日本選手権の31分52秒42、ベルリンの2時間22分23秒はともに今季日本最高タイムだ。

初マラソンだった大阪優勝時のインタビューで見せたように、関西的なノリでイケイケのキャラ。
駅伝もいつもの調子で「ドンと来いですよ」と意欲を見せるかと思ったが、取材に訪れると「調子が良くなくて…」とトーンが低い。
「ベルリンのあと、(負荷の大きい)ポイント練習を始めたのはアルバカーキ(米国)に入ってからですから、10月下旬ですね。ポイント練習のペースもゆっくりで、追い込んでいません。自分のリズムが作れなくて悩んだ合宿でした。最後のポイントも、外反母趾に少し痛みが出てやっていません。こんなに抜いた練習でレースに出るのは初めてです」
前田が駅伝に出られないことも、松田のテンションが落ちている一因のようだ。
だがマラソンを、それも9月下旬に走った後の駅伝は、松田にとっては初めてのこと。
大阪のあとは休養期間を十分に取ったが、日本選手権、ベルリンと、練習も含めて高いレベルで走り続けた。中期的に見れば“追い込む”ことはできている。松田の不満は意識の高さの裏返しとも言えるだろう。

林清司監督はポイント練習をつなぐ日に行うジョッグの質が良かったことと、HDL-コレステロールの値が高いことをプラス材料として挙げる。HDL-コレステロールは善玉コレステロールと言われ、余分なコレステロールを肝臓に運ぶ役割をしている物質だ。この数値が高いと長く体を動かすことができる。
松田もそれらの点は認めていて「練習がきつくなかった分、間のジョッグはしっかりできましたし、食事も大阪の前と同じくらいしっかりと食べていました」と言う。
駅伝への意欲も「今ある力を出し切りたい」と失っていない。
「駅伝は流れ次第で、最後はどうなるかわかりません。みんなが全力で行って、テンションが上がったら行けると思います」

松田の負けず嫌いは有名だ。
今年の日本選手権でも鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)に先にスパートされ、一時は15m以上の差が開いた。ところが「残り300mのところで監督が“やられたよ”という表情をしていたので、見とけよ、ここから逆転したるわ」と追い上げ、残り150m付近でトップに躍り出た。
3区出場が確定的なクイーンズ駅伝でも、松田の気持ちに火が点けば爆発的な走りを見せるはずだ。

大森は“真の実業団デビュー戦”

実業団ではほとんど実績を残していない大森菜月の走りが、チームの成績に大きく影響しそうだ。
「5区はアンカーに渡す前の区間です。そこで良い順位に上げておかないと、チームの上位はありません。強い選手が来るので楽なところではありませんが、私も練習がしっかりできています。不安にならず、積極的に走りたい」

大森は立命大時代に大活躍した選手だ。
高校(大阪薫英女高)では全国タイトルを争う選手ではなかったが、大学1・2年と日本インカレ5000mを連覇。
1年時には、2連勝中の鈴木亜由子(当時名古屋大4年)を破って関係者を驚かせた。
全日本大学駅伝、富士山女子駅伝(全日本大学女子選抜駅伝)では4年間で区間賞5回、チームの優勝6回と大活躍した。
だがダイハツに入社した昨シーズンはクイーンズ駅伝4区で区間9位、10000mに本格的に取り組み始めた今季も全日本実業団陸上9位と、学生時代の勢いがない。
学生最後の時期は状態が良くなかったが、「私がなんとかしなきゃ」と無理に体を絞り、駅伝では区間1〜2位で走ったが、左足の中足骨を疲労骨折してしまった。体重も増え、走りのバランスも崩して入社したため、なかなか結果を出せないでここまで来ている。
だが全日本実業団陸上後は林監督のアドバイスの理解度が上がり、アルバカーキ合宿では「高地なのに平地でやっているときより余裕がありました」と言える状態に上がってきた。
「ウォーミングアップのときに、フォームのどこを意識するかを体に覚え込ませています。そうすることで走りに集中できるようになりました」
大学時代に結果が出始めた時期を、「自分でも怖いくらいでした」と振り返る。
「良いチームで、良い指導者に巡り会えて、上手く波に乗った結果だと思います。何をやって強くなったのか、自分ではわかっていませんでした。実業団に入って走れないところからスタートし、どうしたら良いか自分と向き合うことができた。実業団は相手も、目指すレベルも違います。大学時代は“良い思い出”みたいに今は感じています」

昨年のクイーンズ駅伝にも出ているが、今も「実業団に入ってどうしたの?」と言われることが多い。
「今度のクイーンズ駅伝で、恩師の方たち、応援してくれる方たちに“さすが”と思ってもらえる走りをしたいです」
11月25日が大森にとって、真の実業団デビューとなるか。

独自のダイハツ・トレーニング

ダイハツの練習はおそらく、他の実業団チームよりポイント練習の負荷は小さい(と、林監督も話している)。
膨大な距離を走り込む、あるいは高い設定タイムでスピード練習を行い、「我慢して頑張れ、というやり方では続かない」と林監督。
その代わりポイント練習の間のつなぎの日のジョッグは、各選手が自身で工夫する。
12年ロンドン五輪代表で、13年モスクワ世界陸上マラソン4位の木崎良子(33)らが、自発的に走る姿勢をチームに定着させた。月間走行距離は計算しないが、「木崎は1000kmを超えていた」と林監督。
また、選手個々の効率的なフォーム、ケガをしない動きも徹底して追求する。「疲れてくると接地がぶれるんです。それを放置して追い込んで練習したらケガにつながります」
取材に訪れた日の練習メニューは10000mジョッグ+300m×8本。男子のランニングコーチがペースを作り、全員で行っていた。強めの練習ではないが、林監督も山中美和子コーチも、真剣に選手たちの走りを見守り、声をかける。
「ゆったりねー。できるだけ余裕つくってね」
「心にも余裕ねー」
「お腹使ってしっかりー」
「できるだけリラックスしていけよ」
「○○、あご引けー。あごが上がると着地がぶれるから」
「□□、背中回りをリラックスさせて」
林監督がこの日一番多く発した言葉は、「お腹」だった。「胴回りを意識して使うことで、力を使わず脚が簡単に前に出る」と言う。

松田は高校生のときに高橋尚子さんから腹筋のやり方を教わり、それ以来毎日継続している。
筆者の取材前日には高橋尚子さんのTBS「ニュース23」の収録があり、「意識するポイントがしっかりとできている」と褒められた。
その腹筋が、松田の走りには生きている。失敗レースの多くが、腹筋を上手く使えていないときだという。
松田も大森も、ダイハツ・スタイルを上手く取り入れて自身の力としている。

キャプテン吉本の思い

前回チーム最高順位タイの2位になって以降、キャプテンの吉本ひかりは「18年は優勝したい。そこはみんなにも伝えてやって来ました」と1年間を振り返る。
各選手の状況を踏まえて、次のような展開を予想する。
「確かに彩里が走れないのは誤算で、優勝は簡単ではないと思います。でも松田は、力は間違いなくあります。アルバカーキで練習ができていなかったことを気にしているようですが、負けず嫌いは相当なものがありますから、前が見えていたら抜いてくれると思います。そのためには(1区予定の)私が、去年と同じくらいの秒差(トップと7秒差の区間4位)でタスキをつながないと。練習でも去年より良いタイムで走れていますし、余裕を持って走れていたりもしています。大森が練習で走れるようになってきたのは大きいですね。5区で順位がある程度決まると思います。新人の細田(あい・22)も良いですよ」

ダイハツの1区といえば、当時キャプテンだった坂井田歩が15年大会で区間賞を取った。
坂井田は木崎と佛教大の同学年で、吉本と前田は佛教大の後輩である。坂井田と吉本は他チームからダイハツに移籍して来て、数年後にキャプテンになったところも共通している。
「私は去年もキャプテンをやらせてもらっていましたが、木崎さんがいらしたので頼っていた部分もありました。今年は自分が周りを見なければ、と自覚が出てきたと思います。これは坂井田さんもおっしゃっていましたが、チームへの思い、会社への感謝の気持ちが年々大きくなっています。(今もダイハツに勤務する)坂井田さんには1区の走り方も聞きましたし、チームのこともアドバイスをしてもらっているんです」
引退した先輩から後輩へのタスキは、確かにつながっている。
吉本が1区で区間賞を取ったり僅差で2区に中継したりすれば、チームのテンションは一気に上がりそうだ。
駅伝のプラスアルファが期待できる状況に、ダイハツはある。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。

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