日本人初 NHLプレーヤーへ 福藤豊21歳

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2004.9. 5 放送 
第217回 「日本人初 NHLプレーヤーへ 福藤豊21歳」


時速150kmの攻防、アイスホッケー。今、一人の若者がその最高峰に挑んでいる。アメリカNHLから、ドラフト指名を受けた男、福藤豊21歳。だが、その為には想像を絶する過酷な戦いに勝ち抜かなければならない。



福藤 豊
■史上初めて高校生で日本代表に選ばれた

 アイスホッケーは「氷上の格闘技」とも呼ばれる激しいスポーツだ。その最高峰のNHLはアメリカ4大プロリーグの一つで、これまで日本人がその舞台に立った者はない。
福藤のポジションはゴールキーパー。パックと呼ばれる硬質ゴムの固まりを全身で受け止め、ゴールを死守しなくてはならない、過酷なポジション。放たれるシュートのスピードは最速150km。しかも、相手はスピードに乗ったスケーティングで複雑な動きを見せながらシュートを打ってくる。これを防ぐには、鋭い反射神経と人並みはずれたフットワークが要求される。福藤は身長185cmと大柄だが、フットワークに非凡なものを持っている。
福藤はスポーツの名門、東北高校在学中、史上初めて高校生で日本代表に選ばれた。2001年にアイスホッケー界の王者、コクドに入社すると1年目から活躍。そして、今年4月。日本代表に選ばれた福藤は世界選手権でスーパーセーブを連発。この活躍がロサンゼルス・キングスのスカウトの目に止まった。そして6月のドラフトでキングスから指名された。
しかし、NHLの場合、指名されて即、契約というわけではない。キャンプに参加し、合格しなければ入団は見送られてしまうのだ。運命を決めるキャンプはドラフトから2週間後に始まる。あまりにも急な展開だったが、コクドの仲間は快く福藤の挑戦を後押ししてくれた。そして出発をあすに控えた福藤は荷造りの最中、1枚の写真をスーツケースに忍ばせた。それは、昨年心臓の病気で亡くなった父・政吉さんの写真。


福藤 豊
■12日間に及ぶサバイバルキャンプが始まる

 7月12日、福藤はロサンゼルスに降り立った。これから12日間に及ぶ、サバイバルキャンプが始まる。このキャンプには世界中から集められた総勢47人の選手が参加。NHLに自らの夢を賭け、実力で契約を勝ち取ろうとしているライバル。ロサンゼルス・キングスは西海岸一の人気チームだが、近年低迷が続いている。特にゴールキーパーの弱さが指摘されているチーム。優秀なキーパーを喉から手が出るほど欲しがっているのだ。
そして過酷なトレーニングが始まった。キーパーとして参加しているのは6人。そのうち1人だけがこのサバイバル競争に勝ち残れる。この厳しい状況の中、福藤はまず日本と違う練習方法に度肝を抜かれる。ごく普通の基本練習だが、30分間全く休憩がない。アイスホッケーは他のスポーツに比べ、氷上で行うため肉体的に負担が大きくなる過酷なスポーツ。特に、オフシーズンの福藤にとってはよりハードなものとなった。
練習が終ると、ゴールキーパーはビデオルームに集められコーチから細かくアドバイスを受ける。宿舎に帰ってからも、福藤にはまだやることが残されていた。それは、自らのプロフィールを書き込むこと。会話よりも苦手ながらも、今、自分が願っていることを正直につづる。


福藤 豊
■日本人初のNHLプレーヤー誕生に向けて

 初日は戸惑いを見せた福藤だったが、日にちが経つにつれ、彼本来の闘争心が表に出てきた。心配していたスタミナ面も克服し、基本練習やミニゲームで本来の姿が戻ってきたようだ。キャンプ後半は実戦形式の練習を行い。キングス首脳陣がそのプレーを見る、福藤にとっては絶好のアピールする場所と言える。
練習開始早々から福藤は見事なプレーを見せ、ベンチから称賛の拍手までが起こった。しかし一瞬、プレーヤーに視線を遮られ、パックを見失った。その時、放たれたシュートが股間を抜けて失点を喫してしまった。納得できないプレーに、悔しさがこみ上げる。しかし、リンクから退いた福藤にキーパーコーチが的確なアドバイスを与えていた。
その夜、福藤は北海道の実家に電話を入れた。この時、日本は7月18日、ちょうど父、政吉さんの一周忌だった。本当なら、一周忌のこの日、福藤は実家にいるはずだった。遠い日本の母の声が何より励ましの言葉となった。 7月23日、キャンプ最終日。この日、練習場には多くの観客が詰め掛けた。キャンプの集大成の練習試合が行われるからだ。福藤は、この試合で先発を言い渡された。試合は福藤のチームが一方的に攻められる展開となった。だが、キーパーにとっては見せ場が作れる絶好の展開とも言えた。しかし、立て続けに失点してしまい第1ピリオドだけで3点を失ってしまう。第2ピリオドでは福藤らしいプレーも見せて大きな歓声を受けた。しかし、30分間でアピールできたのはそのプレーだけだった。
夢の実現に向けての大事な試合を福藤は不満を残したまま終えた。結果は一ヶ月後、合格すれば二次キャンプに参加出来る。

 東京・東伏見。福藤はここでトレーニングを続けていた。合格した時を考え、二次キャンプのための調整だ。そして約束の一ヶ月後、1本の電話が入った。「おめでとう」の言葉だった。この報せを福藤が最初に報告したのは父の遺影だった。生きていれば、誰よりも喜んでくれたはずの父。
次のキャンプは9月9日に始まる。日本人初のNHLプレーヤー誕生に向けて、福藤の戦いはまだまだ続く。


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