|
|
|
 |

 |
 |
無敗の闘魂女王
野口みずき
のぐちみずき |
国:日本/グローバリー
生年月日:1978年7月3日生/25歳
身長:155cm/体重:38Kg |
| 自己ベスト/種目 |
マラソン2時間21分18秒(03・1月)=日本歴代2位
ハーフマラソン1時間08分22秒(02年・日本歴代4位)
10000m・31分50秒18(02年・日本歴代21位)
5000m・15分34秒46(99年) |
| 世界陸上出場2回目 |
| 01エドモントン大会10000m13位 |
| 主な実績 |
02世界ハーフマラソン選手権9位、01年4位、00年4位、99年2位
01全日本実業団対抗女子駅伝3区区間3位(チーム5位)
01日本選手権10000m3位
00世界クロカン・シニア4180m59位、同8080m26位 |
| MEMO |
■マラソン2連勝
今年1月の大阪国際女子マラソンに2時間21分18秒で優勝。02年3月の名古屋に続いてマラソン2戦2勝。30kmから仕掛けた坂本直子(天満屋)と並走し、38.5kmのスパートで決着を付けた
■日本歴代2位
同学年の渋井陽子(三井住友海上)が昨年10月のシカゴで記録した2時間21分22秒を上回った
■2度のマラソンの比較
「“努力感”は名古屋のときの方が大きかった」(野口)「名古屋は暑さの中で1人となり、そこからは自分との戦いに勝ったレース。今回は30km以降、相手との戦いに勝ったレース」(広瀬コーチ)
■昆明合宿
2回のマラソン前はともに中国・昆明で高地練習。「初マラソンよりも速いペースを意識してトレーニングしました」「39kmで広瀬コーチに声をかけられたとき、昆明合宿を思い出しました」
■マラソン全成績
2002/3/10
|
名古屋国際女子マラソン
|
1
|
2.25.35. |
| 2003/1/26 |
大阪国際女子マラソン |
1 |
2.21.18. |
■ハーフの女王
00年7月の札幌国際ハーフで高橋尚子に敗れたのを最後に、ハーフマラソンでは日本選手間で無敗。02年1月に宮崎で出した1時間08分22秒は下り坂コースを除く日本最高タイム
■驚異の安定感
ハーフマラソンでは1時間08分22秒〜1時間08分30秒のタイムを5回出している
■世界ハーフマラソン
99年2位、2000年4位、01年4位、02年9位と世界でも快走を続けている
■きっかけはチーム・ハローワーク
98年から99年3月までの失業時代に出場できる大会がなく、唯一、招待してくれたのが犬山ハーフマラソン。そこで好走してから、その年だけでも5レースとハーフマラソンづいていくことに
■世界陸上10000m代表
「エドモントンの1万m代表は青天の霹靂だった」と藤田監督。「行っても戦えない。外国選手の練習を見ていたら、手も足も出ない。その点、マラソンなら可能性がある」
■初マラソン日本最高ならず
02年3月の名古屋。25kmでスパートし、26kmからは独走状態に。レース前は同学年の渋井が01年大阪で出した2時間23分11秒が目標と公言していたが、2時間25分35秒と初マラソン歴代2位にとどまった
■アジア大会辞退
10月開催のアジア大会代表を打診されたが、11月の駅伝との兼ね合いを考えて辞退。その駅伝が、チームに故障者が続出して出場できない皮肉な事態に。駅伝に出られなかった分、前年の名古屋より1カ月強早い大阪への出場が可能となった
■残るはマラソンだけ
藤田監督は女子400 mから1万mまで、過去に指導した選手が日本記録を出している。残るはマラソンだけとなった
■ハーフマラソンが原点
マラソン進出後もハーフマラソンに積極的に出場。今年3月の全日本実業団ハーフでは1時間08分29秒で優勝。今年の世界陸上後も、秋の世界ハーフに出場する予定でいる。藤田信之監督によれば「ハーフをやることでマラソンのスピード練習にもなる」 |
|
 |
|
|
 |