人生最高レストラン

毎週土曜 よる11時30分

放送内容

2019.5.4

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ゲスト ナイツさん

常連客 勝俣州和さん、光浦靖子さん

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    DEEP浅草

    令和元年・最初のゲストは、平成が生んだ浅草演芸界のスター、漫才コンビ・ナイツの二人(塙宣之・土屋伸之)。ご存知「ヤホーで調べました…」ネタで大ブレイク!今や老若男女全ての世代から愛され、浅草芸人を代表する人気と実力を持つナイツだが、実は浅草芸人になるつもりはなかったという。それが所属事務所・会長との約束から嫌々スタートし、紆余曲折を経て大輪の花を咲かせた。そんなナイツの二人が“DEEP浅草”と題して、愛してやまない魅惑の下町・浅草の美味しいものを人情深いお話と共にごちそうする。

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    ■うな重 桜

    浅草「大御所メシと若手メシ」

    2002年に漫才協団(現・漫才協会)入会。内海桂子師匠の弟子となり、浅草芸人としてスタートしたナイツ。毎年お正月には、師匠と一緒に新年の挨拶回りで浅草のお店を練り歩く慣習があった。その際、行く先々でお年玉をいただき、最後に鰻をごちそうしてもらっていたという。そのお店が、1800年創業の老舗「鰻やっこ」。実は昔、内海桂子師匠がバイトしていたこともあるというお店。厳選した国産うなぎを自家製ダレにくぐらせ、備長炭で丁寧に焼き上げる。「うな重」は、王道かつ豪華な一品で、まさに師匠たちが食べる“大御所メシ”。弟子時代の二人にとっては、お年玉と共に毎年楽しみにしていた最高のごちそう。ようやく自分でも行けるようになった塙さんが最近、後輩芸人を連れて行った際、弟子時代を知る女将さんが「よく頑張ったね!うれしい」と喜んでくれたという。

    *店舗情報:
    「鰻やっこ」
    東京都台東区浅草1-10-2

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    ■いり豚

    一方、下町浅草には大衆的なお店もたくさんある。二人が下積み時代からよく通っているのが演芸場からすぐ徒歩30秒ほどの場所にある、1950年創業の老舗大衆食堂「水口食堂」。ここは塙さん曰く『世界一メニューの多い店』。実際、常時100種類以上のメニューが存在し、迷ったらここに行けば安くて美味しいものが腹いっぱい食べられると大人気。そのため、若手芸人はもちろん、師匠たちも愛する“浅草芸人の社員食堂”のような存在。そんな浅草を代表するお店で土屋さんがオススメするは、看板メニューの「いり豚」。豚肉と玉ねぎをカレー風味のオリジナルソースで炒めたもの。お酒のつまみにもピッタリで、白ご飯もすすむ、まさに“箸が止まらない”一品。

    *店舗情報:
    「水口食堂」
    東京都台東区浅草2-4-9

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    ■塙家のカレーライス

    解散危機を救ったメシ

    コンビ結成直後に、交通事故に遭った塙さん。脚は複雑骨折、頭部も損傷するなど、「一歩間違えば、一生歩けなくなるかもしれない…」ほどの大ケガだった。その時、塙さんは相方の土屋さんに『もう辞めてもいいよ』と告げた。しかし、土屋さんの返事は『脚が治るまで待ってます』の一言。それから約1年、塙さんは懸命のリハビリ、土屋さんは地方へ住み込みで一人営業…という日々を過ごす。退院して実家に戻り、リハビリしていた塙さんはあることに気付く。『実家の料理って、こんなに美味しかったんだ』と。そんな母親の手料理で一番大好きなのが「カレーライス」。塙家のカレーライスは、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎなど定番の他、ピーマン、ブロッコリーまで野菜がたっぷり入っている。最後はケチャップ、ソース、お酢で味を調える。“おふくろの味”のカレーライスが、復帰を後押ししたのは言うまでもない。

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    ■優しさに触れた「おにぎり」

    一方、塙さんの復帰まで一人となった土屋さんは、栃木県の那須高原にあるテーマパーク「那須りんどう湖レイクビュー」に夏休みの1ヵ月間住み込み、営業の仕事に励んでいた。仕事内容は、ビンゴ大会の司会を1日5ステージ。当時まだ学生で全くの素人だった土屋さんは、大勢の人前でしゃべった経験もなく、毎日5ステージは『自分の殻を破ることができた経験だったけど、本当に辛かった』と振り返った。しかも、寝泊まりしていたのは敷地内にある廃墟のような別荘。そこに閉園後、辺り一帯が真っ暗になった中、一人で1ヵ月暮らしていたので、『怖くて、寂しくて、仕事を辞めたくなった』という。そんな中で、土屋さんは人の優しさに触れる。テーマパークの食堂のおばさんが毎日、夕食の後、夜食と朝食用の「おにぎり」を作って持たせてくれたのだった。『食堂のおばさんの優しさがあったから頑張れた』。一人で頑張っていた土屋さんにとって、仕事に前向きになれた忘れられない「おにぎり」の味。

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    ■海老天丼

    浅草「人生最高」

    ナイツの二人にとっての“人生最高の一品”は、恩人である所属事務所・マセキ芸能社の柵木会長と食べた「海老天丼」。今から19年前、お笑い芸人を目指し、マセキ芸能社の門を叩いた二人。その時、今は亡き柵木会長(当時社長)から言われた言葉は、『漫才協会に入って、内海桂子の弟子になりなさい』。事務所入りは認めてもらえたが、テレビで活躍するポップな芸人を目指していた当時の二人は一方的な条件を突き付けられ困惑した。事務所の先輩たちに聞くと、いとうあさこさんもバカリズムさんも断ったという。そこで、断りを入れたところ…会長は『ダメだ!お前らは見える!浅草で絶対売れる』と受け入れなかった。「漫才協会に入りたくない」「浅草にも全く興味もない」そんな二人を、柵木会長はある日浅草観光に連れ出した。雷門、仲見世、浅草寺を巡り、さらにはマルベル堂で宣材写真の撮影、演芸場の東洋館を見学…とにかく会長は二人に浅草の魅力を伝えようとした。そして最後に行ったのが、浅草を代表する名店「大黒屋天麩羅」。いつも行列ができるこの店でいただいたのが「海老天丼」と「べったら漬け」。ごま油だけを使ってキツネ色に揚げた天ぷらに、1887年創業以来、変わらず守ってきた甘辛く濃厚で独特のタレがかかった名物の天丼は、絶品の一言だった。その時、二人は『こんなに美味しいものが食べられるなら、漫才協会に入りたいです』と、それまでの嫌な気持ちはどこへやら、会長に頭を下げていたという。その後も、会長は週4で浅草に連れていってくれた。こうして、後ろ向きだった浅草芸人の道へと進んだナイツ。だが、最初は全く笑いが取れず、もがき苦しむ日々だった。そして、真剣に浅草と向き合い始めたことで、道は少しずつ開かれ、遂にナイツは浅草のスターとなった。「浅草から、新しい時代のスターを誕生させたい」という夢のため、浅草の街の魅力を伝え、いつも応援し続けてくれた柵木会長。その存在があったからこそ、今がある。今、浅草で毎日のように爆笑をとる二人の姿をきっと柵木会長は天国で微笑みながら見守っている。

    *店舗情報:
    「大黒屋天麩羅」
    東京都台東区浅草1-38-10

ゲストがこっそり教える名店

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    ■山形牛100%ハンバーグ

    初出し!?下町浅草の洋食

    ナイツの二人が徳井さんだけに、こっそり教える“とっておきの美味しい一品”は、もちろん浅草から!塙さんがテレビで初めて紹介するというお店「ステーキ・ハンバーグ・鉄板焼 裕」。上質な山形牛のお肉を使った料理が楽しめ、中でも「山形牛100%ハンバーグ」が絶品だという。ランチ営業もしており、手頃な値段で味わえる一品。

    *店舗情報:
    「ステーキ・ハンバーグ・鉄板焼 裕」
    東京都台東区雷門1-12-8 ファミール浅草雷門 1F

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