
JK:前に聴いたんだけど、子供の頃、凄く太ってて、運動会でハシゴを潜り抜けられなかったって・・・
谷村:そうそう、肥満児だったんで。
出水:そうなんですか?
谷村:だから、凄い壮絶な過去を持っているんです。
出水:壮絶な過去といいますと・・・・
谷村:小学校の三年生まではヒーローだったんです。それで学級委員長で、リレーのアンカー。
出水:花形ですね!
谷村:もう、スターだったの。それで4年生くらいから徐々に太り初めまして、6年生くらいで肥満のピークになって、そうすると今までの栄光の日々が、女の子、誰も振り向かないという、今度は暗黒の日々にかわっていって。
JK:あららら
谷村:それで中学に入ったら、そっから丸坊主ににさせられるから・・・
JK:学校がね。
出水:より女の子が遠ざかる・・・
谷村:それで、女の子を振り向かせるために、なにか武器を持たなくちゃいけないと思ったのが、ギターだったの。それが音楽との出会い。
出水:ギターを持った瞬間、状況は上向いたんですか?
谷村:もう、ギターすごいと思いました。あの当時、ギター弾ける人があまりいなかったんで、1日8時間ずつくらい練習して、モテたいという意思があれば、やれるもんだと。
JK:みなさん、世間の人、聴いてください、みたいな。ホントに持てたわね。
谷村:少しずつ。。。聴きたいとかって言い始めて。
出水:何を弾いていたんですか、当時は。
谷村:オリジナルも作ってた。
出水:中学生で!
谷村:もう、すっごいへたくそな詞で、ホントにメロディーでもないようメロディーなんだけど、出来る人がいなかったんで、注目されて。それで高校入ってアマチュアバンド組んで、他の学校の文化祭に呼んでもらって、それでラジオに呼んでもらって、ラジオで歌った歌がバーッと広まって、割と人気バンドになっていったって。そんな流れですかね。
谷村:一番大きな流れっていうのが、万博だったんです。大阪の。1970年。そのときに、僕らアマチュアバンドがカナダパビリオンの水上ステージに、カナダ館が解放してくれて、アマチュアの時間を作ってくれて、日本中のアマチュアが。その中のひとつに自分たちも選んでもらって、世界中の人たちが客席にいるところで初めて歌うことができて、そのときに凄い運命的な出会いがあって、そのアマチュアバンドを仕込んでいた男がひとりいまして、それが同い年の学生だったんです。彼も。実は、交通費という名のギャランティーが出ていたんです。ところが僕らはアマチュアなんで、当然無料だって思ってて、ギャランティーあるって思わずに歌ってた。ところがその歌を聴いていて、彼が終わってから僕のところに飛んできて「歌ってええなあ」って言ったんです。そしたら彼が「実は謝ることがある。みんなにギャランティー出てる。それを俺は内緒にして、軽トラックを買おうと思ってた。」と。
JK:着服して・・・
谷村:「うやむやに行けると思ってたけど、歌聴いていたら、これちゃんと伝える」って言ってくれて、僕はその瞬間に彼のこと凄い好きになって。運命的な出会いだなあと思ったら、その彼が「お前らの唄をアメリカ人に聴かせてやろうよ」と、突然言ったんです。僕は、わかった、って言って、その年の夏に、もうバンクーバーにいたんです。そこから自分の人生がどんでん返しのように動いていくんです。バンクーバーからアメリカ大陸を横断する無謀な旅がはじまるんです。2か月間。
JK:学生だから出来るのね。
谷村:グレイハウンドっていうバスに乗って、ホテルに泊まるとお金かかるから、バスで夜は寝て。着いた街でストリートをやって。で、40何日間、バンクーバーからニューヨークまで横断して、そっから南下してメキシコシティまで行って。途中でお金が無くなり、路頭に迷い、メキシコ人に助けられ、そんなことを一杯経験して日本に戻ってきたときに、どの国に行っても人がいる限り素敵なことは起きるって、自分は信じられるようになったんで、そういうことを音楽できたらいいなっていうのがプロへのスタートだった・・・・

=オンエア楽曲=
M1. Moon River (From Breakfast at Tiffany's) / Audrey Hepburn / Henry Mancini
M2. 北陸ロマン 〜プレミアムデュエットバージョン〜 / 谷村新司 x 仲間由紀恵
