脳卒中や脳腫瘍など難しい脳神経外科手術の現場を支える一本の手術用ハサミがあります。その鋭い切れ味から、人呼んで「ムラマサ」。名刀「村正」にちなんでその名がついたハサミは、日本の脳外科医の9割が使い、海外のドクターからも注文が入ります。
国内外の脳外科医が絶大な信頼を寄せるそのハサミを作っているのが、高山隆志さん。東京の下町・谷中で、1905年(明治38年)から手術用器具を専門に作っている高山医療機械製作所の4代目です。
脳には無数の神経や血管が密集しています。そのスペースのないところを切り分けていって、深い部分にある患部に到達しなければいけない。もし途中で神経や血管を少しでも傷つけてしまうと命取りになります。鋭い切れ味と安全性――。相反するような要求を満たさなければならないのが脳外科手術用ハサミなんです。
ムラマサの刃渡りは11ミリで、実際に使われるのは先端の1ミリ。その1ミリの切れ味が文字通り生死を分けます。
切れ味の秘密は、刃先を極限まで薄くする「へこみ磨き」という日本独特の砥ぎの技術。厚さ0.5ミリの刃の両側面を研磨してへこませ、刃先は0.02ミリにまで薄くしてあります。こうすると身体の組織を切った時に刃の側面に組織が触れないので、切断面を傷つけずにすむんです。いわば「かまいたち」のようにスパッと切れる。鋭く切れたところは手術後の治りも早いのだそうです。
このへこみ磨きが生まれたの明治時代。当時、欧米から医学の知識を輸入するなかで、日本人の身体は欧米人と違って切ったあとがケロイドになりやすいことが分かりました。そこで医師たちからより切れる手術用刀類が求められ、石川六郎という職人がへこみ磨きを考案したのです。
高山さんは、その石川六郎の直系の弟子筋。伝統の技を受け継いで、現代医療の現場を支えているのです。高山さんは実際のオペも見て最先端の医療をつねに研究し、器具の改良を重ねています。
患者の命を救うために医師はよりよい道具を要求し、その要求に職人が応えて道具を作る。そうやって日本の医療技術と医療用器具を作る技術は高めあってきたんですね。
|