TBS『TBSテレビ放送50周年スペシャルドラマ 青春の門ー筑豊篇ー』

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画像「TBSテレビ放送50周年スペシャルドラマ 青春の門ー筑豊篇ー」

TBSテレビ放送50周年スペシャルドラマ 青春の門ー筑豊篇ー

2005年3月21日 月・火曜日21:00から

※番組は終了しました

▼出演者

鈴木京香、豊川悦司、岸谷五朗、杉本哲太、伊藤歩、石田卓也(新人)、邑野みあ、ガッツ石松、古田新太、金田明夫、浜田学、神津はづき、大浦龍宇一、岩佐真悠子、泉澤祐希、福地亜紗美、渡邉奏人、佐藤浩市(特別出演)、緒形拳

▼スタッフ

製作:ドリマックス・テレビジョン、TBS
原作:五木寛之「青春の門」(講談社文庫刊)
脚本:成瀬活雄
音楽:長谷部徹
プロデューサー:貴島誠一郎、橋本孝
演出:平野俊一
編成担当:津留正明

みどころ

筑豊の熱き男女の人間ドラマが沸(たぎ)る!
原作・五木寛之の世界が、大スケールで今よみがえる!!

五木寛之氏の『青春の門』は、1969年6月に「週刊現代」で連載小説としてスタート、翌年より「筑豊篇」をはじめ、「自立篇」「放浪篇」ほか全7シリーズが刊行され、シリーズ累計で2000万部をこえる大ベストセラーとなった。「筑豊篇」はこれまでに4度映像化されており(映画2回、テレビドラマ2回)、いずれも大きな話題を呼んだ。5度目となる今回も、これまでに負けない豪華キャストを迎え、壮大なスケールでお送りする。
物語は九州北部に位置する日本有数の石炭の産地・筑豊を舞台に繰り広げられる。第一夜は、気っぷのいいカフェの女給・タエ(鈴木京香)と、タエをめぐる伊吹重蔵(豊川悦司)、塙竜五郎(岸谷五朗)、金山朱烈(杉本哲太)との感動のドラマ。そして、タエの愛情に包まれ、大人たちとの交流のなかで成長していく信介の姿を描く。第二夜では、療養所での生活を余儀なくされたタエと、タエと離れて生活を始めた信介(石田卓也)を中心に、音楽教師・旗江(伊藤歩)への憧れ、幼なじみの織江(邑野みあ)と信介の初夜を描いた名場面から、信介の上京までを詩情豊かに綴っていく。筑豊に生きた人間たちの熱きドラマが、時を超えて我々の胸を揺さぶる。

その他

<あらすじ>
【第一夜(3月21日)】
昭和14年(1939年)。当時、石炭は唯一の国産エネルギーだったことから、日本有数の石炭の産地、九州・筑豊炭坑は空前の賑わいをみせていた。
その一つ五峯炭坑の頭領・伊吹重蔵(豊川悦司)は義侠心と行動力に富む男の中の男、武勇伝は数知れず、鉱夫たちのヒーローともいえる存在だった。死別した前妻との子供・信介(渡邉奏人)を男手ひとつで育てる重蔵だったが、ある日、カフェの売れっ子女給・タエ(鈴木京香)を見初める。タエは借金を返すため、地元の新興ヤクザ・塙竜五郎(岸谷五朗)の息のかかるその店で働いていた。重蔵はタエを身請けしようと決意する。信介を背負ってカフェに行き、タエを店から連れ出す。タエに惚れていた竜五郎が二人の前に立ちはだかった。竜五郎の叔父・矢部虎次(緒形拳)が仲裁に入り、その場はおさまる。
重蔵とタエと信介、三人の幸せな暮らしが始まった。しかし、それもつかの間。東日鉱山で大事故が発生した。落盤によって坑道に水が溢れ、大勢の朝鮮人鉱夫たちが溺れているという。水をすぐ下の坑道に抜けば鉱夫たちは助かるが、オーナーの羽根沢正道(佐藤浩市)は人命救助より坑道を守ることが国家のためだとして救出策を講じようとしない。ついに重蔵は行動を起こす。自らダイナマイトを抱えて坑道を爆破。重蔵の命と引き換えに朝鮮人鉱夫たちは全員無事救出された。重蔵の最期の姿を竜五郎が見届けていた。坑道爆破の共犯として追われる身となった竜五郎は、海を越えて満州に渡る。
重蔵の死後、タエは炭鉱で選炭婦として働き始める。継母・タエのおおらかな愛情に包まれ、信介はすくすくと育っていった。やがて9歳に成長した信介(泉澤祐希)は金山朱烈(杉本哲太)と出会う。朱烈は重蔵によって命を救われた炭鉱夫の一人だった。朱烈は重蔵への恩義からタエと信介に援助を申し出、親交を深めていく。信介はタエと朱烈の関係を複雑な思いで見つめる。いつの間にか信介は、母親であるタエを一人の女性としても意識し始めていた…。

【第二夜(3月22日)】
タエ(鈴木京香)と信介(石田卓也)は、信介の幼なじみ、織江(邑野みあ)が泣いて見送る中、田川の街を離れる。タエが結核にかかり、療養所に入ることになったのだ。一方、信介は満州から帰った塙竜五郎(岸谷五朗)のもとにひきとられ、新しい生活を始める。
信介は中学の音楽教師・梓旗江(伊藤歩)に憧れを抱くようになる。東京からやってきた旗江は奔放で情熱的な女性。同僚との恋の悩みを赤裸々に語る旗江に信介は心ひかれていく。そして、性への目覚めが信介をさいなむ。信介は自慰にふけってしまう自分を病気ではないかと思い悩むが、野球部監督・早竹先生(古田新太)の豪快な“教示”により、悩みから解放される。
ある日、竜五郎が何者かに散弾銃で撃たれる。対立するヤクザ、沢田文治(ガッツ石松)率いる門映会の仕業だと確信した塙組の長太(浜田学)は単身殴りこみに行くが、逆に捕らえられてしまう。信介は、かつて重蔵と竜五郎の仲裁をした矢部虎老人(緒形拳)とともに長太の救出に向かう…。
タエの病気は一時好転、外泊許可を得て塙組で竜五郎らとなごやかなひと時を過ごすが、その日を境に再び病状は悪化していく。タエを見舞うにつれ、信介は自分の進むべき道について考えをめぐらすようになる。
気がつけば生まれ育った田川を離れ5年余り。信介は、ふと思い立ち、昔住んだ長屋を久しぶりに訪れるが、そこには幼なじみの織江の姿はなかった。母親を亡くし孤独の身となった織江は小倉のキャバレーで働いているという。信介は小倉めざしてオートバイを飛ばす…。

<プロデューサーからのひとこと(貴島誠一郎)>
05年、日本は終戦60周年を迎えます。
戦争の荒廃から立ち直り、経済大国への著しい歩み、そしてバブル崩壊から自衛隊のイラク派遣、相次ぐ凶悪犯罪や自然災害など、再び先の見えない時代に突入したといえます。
『青春の門』の主人公・伊吹信介は、戦前に筑豊で生を受け、戦後の高度成長期に大きな夢を持って上京、早稲田に学びます。
価値観の違いから、新しい歩みを決意しなければならなかった信介の生きた時代と、2005年の現代日本の状況は符合するような気がします。『青春の門』に登場する人物たちが、波乱の時代に日本を支えるのだという気概をもって、たくましく生き抜く姿は示唆に富みます。
週刊現代に連載された『青春の門』に胸をワクワクさせた世代から、今回初めてこの作品を知ることになるであろう若い世代に至るまで、このドラマは熱い感動と勇気を与えてくれることを確信しています。

<『青春の門』のドラマ化によせて(原作・五木寛之)>
30年以上も前に刊行された『青春の門・筑豊篇』が、こんど新たにTBSテレビでドラマ化されることとなった。
この時期に重なって、「モーニング」誌に連載中のコミック版『青春の門』が出版され、また新しい文庫の改訂新版が刊行されるというのは、不思議な現象である。
古い作品が新しくよみがえるのは、時代に呼ばれたからだ、と私は思う。2005年のいま、『青春の門』という作品の何が現代人の心に訴えるものを持っているのだろう。
『筑豊篇』の舞台になった九州筑豊の地に、すでに昔のボタ山の姿はない。日本のエネルギーを支えた往時の活気もない。しかし、私の記憶の中には、明治・大正・昭和と、沸(たぎ)るような人間のドラマが演じられた筑豊の大地のイメージがくっきりと残っている。
人びとはそこで、精一杯に生きていた。働く者同士の連帯感があり、少年少女の友情があった。貧しくともキラキラした生活の鼓動があった。親と子、男と女、教師と生徒の信頼があった。ひたむきさと勇気がなによりも大切にされていた。
現実は厳しかったが、そこにはまぶしい炎のようなものがあった。一日一日が戦いであり、体ごとぶつかっていく夢があった。そして、そこに生まれ育った若者たちにとっては、荒涼たる炭鉱地帯こそ、かけがえのない自らの故郷(ふるさと)だったのだ。
すでに戦後半世紀が過ぎ、豊かさと平和のなかで、人びとは何かに餓えているかのように見える。その心の裂け目から『青春の門・筑豊篇』が、いま再び呼ばれているのかもしれない。
5度目の映像化に、作者としても大きな期待を抱きつつ、続篇の構想を夢見ているところだ。