新・調査情報 passingtime 1996/11-12 no.002
バラエティー
「素人バラエティー」に生まれた
危険すれすれの事実
田代冬彦 プロデューサー
テレビの枠を超えた新しい日本語の嵐
いわゆる『素人ブーム』の一角を担ってきた「クイズ悪魔のささやき」が五月にレギュラーを終え、木曜夜七時「上岡龍太郎がズバリ!」もこの九月に終わった。「上岡」は私にとっては、初めてのバラエティー、しかも初プロデュースの番組である。一時は、「ミスターレディー」「AV女優」「ジュリアナのお立ち台ギャル」など“スレスレ”のテーマを扱って視聴率二〇%をマークしたが、四年間一八〇テーマでとうとうネタが尽き、ブームとともに終わりを告げた。
『素人バラエティー』。それは私にとって、映像主体のはずのテレビで、実は“ことば”のパワーがものすごく強いものだと感じることだった。
出演する素人の皆さんは、制作者が勝手に決めた言葉の“幅”を、軽々と超えてしまう。性的なことを赤裸々に、しかも明るくしゃべる女性たち。男顔負けのタンカを切るヤンママたち。小ギャル語でまくしたてる女子高生たち。そんな自分の言葉を駆使してタレントの皆さんに対しても楽に“タメ口”をきく。
テレビが日本語を崩したなどと指摘する評論家の方々はどう感じたのだろうか。そこにはテレビの枠を超えた新しい日本語の嵐があった。ストレート・ニュースがジャーナリズムであるなら、彼らの生の語りを聞いてみることもまたジャーナリズムであろう。是非はともかく、今の日本の一断面がはっきり見えた。
素人ブームで、TBSの週末はオーディションだらけである。土曜日には、いろいろな番組の立て看板が並ぶ。出たがり屋さんは複数の番組に登場するようになった。こんな具合でブームは確実に終わりつつある。素人さんとの番組制作は
社会との大きな接点
最近、素人さんの質が落ちたね、などという。「クイズ悪魔のささやき」は、五百通の応募はがきから約十人が出演する。ざっと五十分の一である。「上岡ズバリ」は出演者が五十人なので、面白いトーカーはそのうち一人か二人という計算になる。番組に出演していただく“資格”のある方はそれくらいの割合なのである。
その上、番組がある程度続くと、“学習”が起こる。いわゆる“ウケ狙い”の人が登場する。面白いでしょうという顔をする。だからまったく面白くない。自分で面白くしようとして面白くできるのはやっぱりプロなのである。“天然”の「いい素人さん」は、これからもバラエティー番組のパワーになるのだろうが、番組の軸に据えても活躍できる人は数少ない。
素人ブームに代わって、今年のバラエティーはゲーム系が主流になっている。素人さんが出演してもトークに重心を置くのではなく何かに挑戦させたりするのだが、見ていて物足りない。彼らの魅力は本当のことを臆せずしゃべってくれるところだからだ。
あらためて考えてみると、素人さんと番組を作るということは、社会と大きな接点を持つことになるわけで、スタジオでタレントさんと番組を作っているときにはなかった危険が生まれる。ヤラセ、プライバシーの問題、一つ一つ考えさせられた四年間でもあった。
「事実」は、危険スレスレのところにある。だから、面白い。