コラム

2019年12月27日更新 text by 寺田辰朗

第4回前回旭化成と4秒差2位のMHPS
エース井上を軸に、本気で優勝を狙ってきた1年分の思いを元旦にぶつける

内容

前回のニューイヤー駅伝は久しぶりのアンカー決戦となった。MHPSは6区で旭化成に逆転を許したが、7区の岩田勇治(32)が旭化成・大六野秀畝(27)との並走に持ち込んだ。ラストスパート勝負で旭化成に4秒差で敗れたが、MHPSの2位はチーム過去最高順位だった。
だがMHPSも優勝を狙っていたチーム。エースの井上大仁(26)を中心とする戦力に、黒木純監督はレース前に手応えを感じていた。黒木監督は4秒差の背景を、「優勝を至上命題でやっている旭化成と、優勝を狙っていたウチとの差」だと感じた。2位は健闘ではあったが、選手やスタッフには悔しさが残った。
それから1年。MHPSの選手たちは年間を通じて、ニューイヤー駅伝優勝を意識して取り組んできた。

岩田が2月の別大マラソンでサブテン(2時間10分未満)を達成し、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ。上位2選手が東京五輪マラソン代表に決定)には井上、岩田、木滑良(28)と3人が出場した。チーム別ではトヨタ自動車の4人に次いで2番目に多い人数で、“マラソン部”を名乗るMHPSの矜持を示した。トラックでは的野遼大(27)が日本選手権1500mで4位に入賞した。
だが、MGCでは3人全員が不本意な結果に終わり、11月の九州実業団駅伝も5位と、近年にない順位を取ってしまった。チーム全体の不振を黒木監督は、「ニューイヤー駅伝の準優勝やMGCが重しになっていた」と分析する。
しかし12月に入って、各選手の状態がようやく上向き始めている。4秒差で敗れた1年後を、MHPSはどんな状況で迎えようとしているのだろうか。

エース井上は平常心で駅伝に

まずはエースの井上だ。
MGC(27位・2時間22分10秒)から3カ月経った現在の状態を、井上自身は次のように話した。
「(MGCで)少し疲れた感じがありましたが、ゆっくり休めて、時間は少しかかりましたが回復できました。また頑張ろう、という気持ちになっています」
もともと静かな口調の選手である。努めて平静に話すというより、いつもと同じ話しぶりだった。
MGCの敗因については、細かい部分までは語っていない。18年は2月に2時間6分台の快記録で走り、暑さの中で行われたアジア大会では、日本選手としては32年ぶりに金メダルを獲得した。代表入り有力候補と誰もが思っていたが、まったく予想外の結果に終わった。井上自身も、すぐには受け容れがたい現実だったのではないか。
「単純に調整に失敗して、疲れた状態で走れなかったのかもしれません。その状況でプレッシャーとか何か(メンタル面でも)あったのかもしれない。時間が経てばもう少しわかってくると思いますが、あまり考えすぎるのもよくないですし」
11月の九州実業団駅伝がMGC後の初レース。3区(10.9km)で区間2位と、4秒差ではあったが区間賞を獲得した。12月1日の甲佐10マイル(約16km)は46分18秒で3位。順調に復帰してきている。

ニューイヤー駅伝は入社1年目の16年大会から、4年連続エース区間の4区を走ってきた。井上の区間順位と区間賞選手とのタイム差、チームの成績は以下のようになっている。
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16年 4区区間3位 30秒差 11位
17年 4区区間3位 8秒差 4位
18年 4区区間2位 34秒差 8位
19年 4区区間1位 0秒差 2位
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井上の加入でMHPSは駅伝の入賞常連チームに成長した。今回も4区起用は確実で、井上もそのつもりで準備をしている。
「(特別なレースとして臨むのでなく)1本1本集中して全力を出し切ります。今までもそうしてきました。やることは変わりません。(駅伝の優勝は)1年間チームで目指してきたことですが、そこにとらわれ過ぎて、空回りしてしまったらよくありません。まずは1年間やってきたことを出し切ることに集中する。そうすれば結果もついてきます」

MGCでメンタル面をコントロールできなかった背景として、「周りが作る雰囲気を上手く使えなかった」ことを挙げた。MGC前の井上は、勝負に対して強気のコメントも目立った。それがプラスになると考えたからだが、結果的には失敗した。勝負はもちろん勝ちに行くが、マラソンの大一番で結果を出すためには、もう少しメンタルや言動を調整する必要を感じているのではないか。
それに対しニューイヤー駅伝では毎回、自身の力を出している。メンタル面のコントロールも成功していると考えていいだろう。
その一端が、自分がいつも追い上げる役割に負担を感じていないか、と質問されたときの回答に現れていた。
「それが自分の仕事ですし、あれはあれで目立ちますから悪い気分じゃありません。他の区間の選手が凡走したら、しっかりしろよと言いますが、一応チームの柱ではあるので、またか、とは思いません」
今回もマラソンで同じ2時間6分台を持つ設楽悠太(Honda・28)や、MGC2位で五輪代表を決めた服部勇馬(トヨタ自動車・26)との勝敗が注目される。
「そういう構図にされるのは好きじゃありませんが、そういった選手には勝っていかないといけないこと」と気にしていない。
ニューイヤー駅伝の“個人の走り”には少し強気で臨むのだが、それが井上にとって駅伝では普通の試合感覚、平常心なのだ。

井上につなぐ前半3区間が重要に

前回のMHPSは井上の快走に加え、ライバルチームの4区の失敗(旭化成が区間16位、トヨタ自動車は区間15位)に助けられた部分もあった。総合力があったのは間違いないが、井上を完璧に生かす駅伝ではなかった。
詳しくは後述するが、旭化成やトヨタ自動車ほどではないものの、後半区間で期待できる選手の候補は増えている。課題は井上につなぐまでの1・2・3区だ。前回は1区から順に的野遼大(27)、エノック・オムワンバ(26)、目良隼人(27)が走っている。
1年前は3区の目良が区間16位で、区間賞の鎧坂哲哉(旭化成・29)に約1分差をつけられた。序盤は鎧坂に食い下がったが、3km付近で引き離された。チームメイトやスタッフには、気持ちで引いてしまった部分が感じられたようだ。目良によれば同学年の井上から、厳しい指摘をされたという。
目良は前回のレース後、自身の力不足を反省するというより、嘆くように話していた。
「井上が4区にいて心強いのですが、井上が(ケガなどで)4区を走れなかったらウチのチームは弱い。それは明白です。旭化成は市田孝選手以外にも4区を走れる選手が大勢いる。そのくらいチーム状況は違います。本気で優勝するには自分たちが力をつけないと」
その思いを全員が持って取り組んだ結果、1〜3区は前回以上の走りが期待できそうだ。

1500m日本選手権4位の的野は、2月に10マイルで46分35秒と、自己記録を1分以上更新した。的野も井上と同学年である。
「離れそうになったときに井上から『ここを粘れ』と声をかけてもらって、自己記録を1分(02秒)更新できたんです。それを機に長い距離への苦手意識がなくなってきました」
7月に5000mで自己記録を約9秒更新。8月中旬に右脚の脛を故障したため、秋の10000mで自己記録を更新するプランは実現できなかったが、12月に入って復調している。
「(1〜3区の選手が)どれだけ小さい差で井上にタスキを渡せるか。あるいはトップで渡せるか。それができれば井上も、これまで以上に気持ち良く走れると思うんです」
2区のオムワンバもひざの痛みがなくなり、9月の全日本実業団陸上10000mに優勝。「区間賞を狙います」と意気込むほど好調だ。
井上がタスキを受けたときの最高順位は、17年大会の7位。それ以上の位置で井上が走り始める可能性が大きくなっている。

後半区間候補にマラソンランナー多数

後半区間はマラソンなら、なかなかのメンバーになっている。
5区は前回区間3位の定方俊樹(27)の起用が有力だ。「(マラソン)練習は井上と同等か、それ以上の内容」(黒木監督)ができている。本人も「東京マラソンで2時間8分台を」と意欲を見せる。
マラソンではまだ力を十分発揮できないが、駅伝ではしっかり走れるようになっている。黒木監督は定方が九州予選で実績のあるアンカーや、前半区間への起用も考えている。スピードにも手応えが感じられている選手ということだ。
そしてここに来て、佐藤歩(31)も状態が上がってきた。5区候補の1人だという
6・7区は松村康平(33)、岩田、佐藤、木滑のベテラン勢と、専大から入社2年目の吉田裕晟(24)が候補。松村は14年アジア大会マラソン銀メダリストで、岩田と木滑はMGC出場選手。駅伝の強さとイコールではないが、向かい風の予想される区間はロードの強さが武器になる。旭化成、トヨタ自動車に比べて選手層の薄さが指摘されるが、後半区間はMHPSも負けていない。
冒頭で紹介したように前回は、5年ぶりにニューイヤー駅伝を走った岩田が区間3位と好走し、2月の別大マラソンでサブテンを達成した。今回は「佐藤が同じパターンになるかもしれない」と、黒木監督は期待している。
佐藤もそのつもりだ。
「今までにないタイムで練習ができているので、サブテンを狙っています。同学年の岩田がここまで苦労をしてきたのも見てきましたし、自分も上を目指せると思いました。前半区間で良い流れを作れる選手が育ったので、その流れを後半区間でもらって維持するのがベテランの役目です」

今回は松村も調子を上げているので、岩田と木滑のMGC出場コンビが控えに回るかもしれない。だがMGC出場組の中では、「一番にニューイヤー駅伝に気持ちを切り換えた」(黒木監督)のが岩田で、直前の調整で一気に調子を上げてくる。誰が6・7区を任されるかは30日の区間エントリー発表までわからない。

1年間の我慢を駅伝につなげられるか

黒木監督は松村と井上のアジア大会も、MGCなどこれまでのマラソン選考会も、「チームで戦ってきた」と言う。
チーム全体が盛り上がっている状況だと、選手が個人で勝負に行くレースに余裕が生じるのだ。身近で練習をしているチームメイトが好記録を出せば、潜在意識のところで自分もイケると感じることができる。逆にチームメイトの成績が悪いと、選手の性格にもよるが、自分1人で背負い込んでしまうところも出てくる。
「MGCのあとに、MGCを走った選手たちのキャパ(シティ)も、チームのキャパもいっぱいいっぱいだったのかな、という話をしました。オリンピック代表を出そうと春から、他の選手もトラックなどで記録を出そうとしましたが、疲れてしまっていたのかもしれません。MGC組も、本番でもうひと伸びする余力がありませんでした。それが今年のうちのチームの状態だったと思います。ただ、それをずっと我慢して、駅伝の優勝を目指して練習はやってきました。苦しんだ分、チームとしては成長につながっています。それをニューイヤー駅伝で出せれば前回以上の走りができる。1年前に悔しい経験していることが、その引き金になると思います」

4秒差の敗戦から1年。
苦しい思いをしつつも、本気でニューイヤー駅伝に優勝する気持ちで取り組んできた。1年間の思いを2020年元旦にぶつけるだけだ。

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寺田辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。選手、指導者たちからの信頼も厚い。
AJPS (日本スポーツプレス協会) 会員。

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