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<小説版>ああっ女神さまっ 初終 ―First End― 外伝
夢みる翼
EPISODE-6「薄明の輝き」 いつもと変わらない夜が明けた。 いつもと変わらない穏やかな日。 「ああ…とうとうこの日がやってきたんだわ…」 朝から何度ため息をついているだろう。開いてから1ページも進んでいない本を投げ出し、窓から外を見つめる。 「女神がこんなに、ため息ばかりついていては…だめよね」 パッドに記された一級神試験の時間“月の目覚める頃”という文字を何度も何度も確認しては、時を告げるオルゴールに耳を傾ける。 「こんなに時の歩みが遅く感じるなんて…」 青い空には元気な太陽が燦々と輝き、その反対側に浮かぶ月は綿の様に白く儚い。目覚めるには、まだ当分かかりそうだ。 「…あら…」 大空に煌めく軌跡が延びる。 「スキンファクシだわ」 毎日、半日ずつやって来る昼と夜は、天空を交互に駆ける二頭の馬によってもたらされていた。輝くたてがみを持つ、昼の馬の“スキンファクシ”。空も大地も等しく照らし眩しい光を放つその姿は、まさに太陽の申し子だ。 「…そういえば私…準一級になってから…こうやって空を見上げることをしなくなっていたわ…」 雄々しい彼らが大好きで、駆ける姿を見上げては、よく馬の宮へ遊びに行っていたものだ。荒々しく滅多なことではなつかない難しい天馬たちが、何故かフレイアにはすぐに心を開いてくれた。ひょんな事から、夜の馬のフリムファクシにまたがり空を駆けるチャンスに巡り合い…一度だけ星々が煌めくしじまを風となって走った事もある(…断りなくやったため、後日大目玉を食らったのだが)。 「そうだ…フリムファクシに会いにいこう」 夜の馬である彼なら今は宮で休んでいるはずだ。久しぶりに尋ねて行ったらきっと喜んでくれるだろうし、何よりあの力強さは…自分に幸運の風をもたらしてくれそうな気がする。 「我ながら素敵な考え」 フリムファクシの霧のように白いたてがみと漆黒の瞳を思い浮かべながら、フレイアは意気揚々と外へ飛び出して行った。 頬を撫でる風が心地いい。少しでも近道をしようと、白銀の回廊から中庭へ出ようとした、その時…。 オペレーションルームの方から数名の女神たちが足早に現れた。 “…?” ただならぬ雰囲気に思わず立ち止まる。 “何か…あったのかしら…?” 回廊の脇でぼんやり佇みながら視線を送っていたフレイアに最初に気が付いたのは、先頭を切っていた女神ペイオースだった。 「フレイア…ちょうどいいところにいらっしゃいましたわ」 通り抜けざまに手を掴む。 「手伝っていただきたいの」 「…え…?…」 「人手は多い方がいいわ…いえ…果たして足りるのかどうか…」 「…は…あ…」 半ば無理やり手を引かれ、走る団体の中に取り込まれた形になってしまったフレイアは曖昧な返事しかできずにいた。本当は立ち止まって、きちんと理由を尋ねたいのだが、今のペイオースにそんな暇はないと見受けられる。 “…おおごとでなければいいのだけど” システムルームへ向かいながら、フレイアは瞳を曇らせた。 入った瞬間にただ事ではないことが察せられる…言いようのない緊張感。 大勢の女神たちがいるにもかかわらず、水を打ったように静まり返っている。 「…何人か手の空いているものを連れてきましたわ。戻って来るなり女神を集めてシステムルームへ来い、だなんて…」 ペイオースの言葉が静寂を破る。 「…悪いわね。急に駆り出しちゃって」 その声にエメラルドグリーンの瞳が見開かれた。 “ウ…ウルド…” トラブルメーカーでちゃらんぽらんな女神…という考えがハヴアマールを通して変わりかけていた。もしかしてそれはただの思い込みかも…と考えを改めようとしていたフレイアだったが、前言撤回を宣言する。 “なんで…なんでよりによって…今日なの?…どうして私の一級神の試験日のこの日にわざわざ帰ってくるのよっ!!…しかもスクルドまで…この間のパターンと一緒じゃない…” 何故か膨れっ面の小っちゃな女神に負けないくらい怒り顔のフレイアが、不平の叫びをさらにエスカレートしようとした瞬間…。 「…あなた…何を考えていますのっ?!」 ただならぬペイオースの声に、思わず思考が一時中断する。 「…ああ…これ…?」 のんびりと髪を掻き上げたウルドの姿に目を向けたフレイアも…固まった。 手の甲に光る大きなピジョンブラッドの宝石…甲から肘にかけて輝く、見事なプラチナの唐草模様の装具は褐色の肌になんと映えるのだろう。それだけではない。銀髪に馴染む華奢な細工が施されたプラチナのサークレット…その額部分にもやはり深紅の宝石が煌めいている。 間違いない。 身につけるだけで自身の力が数百倍にも数千倍にも高められ、誰でも容易に神をも凌ぐ力を得る事ができる…至高の装具“フリズスキャルヴの黄昏”だ。 「二級神管理限定、女神ウルド、そこにいるのか?!」 その時…扉の向こうで鋭い声が響いた。 「リンドだわっ」 スクルドが不安そうに姉を見上げる。 第一級の承認と共に…神の承認もなくては、触れることさえ許されないこの禁断の装具は、通常はワルキューレの管轄下にて厳重に守られている。無断で持ち出された“フリズスキャルヴの黄昏”は、是が非でも取り戻さねばならない。 「…貴君の所業は承認を受けていない違法なものだ。 “フリズスキャルヴの黄昏”の即時返還を要請する」 拒絶を許さない“戦う翼”を持つ女神の静かな言葉。 「我らとて、ユグドラシル主要システム内で武力行使などという手荒なことをしたくはない…速やかにご同行願おう」 「…どうするの? ウルド…」 心配と苛立ちをどうすることもできずにスクルドが声を上げた。 だが、ウルドは動かない。 青紫の瞳を扉に向けたまま、装具をつけた手にわずかな力を込める。 極限まで張り詰めた緊張感の糸が切れそうになった、その時… 「…そうか」 リンドの声が冷たく響いた。 「本意ではないが…」 システムルームの扉が開く微かな気配。 「く、来るっ!」 ワルキューレたちが踏み込んでくる恐怖に耐え切れず、スクルドが瞳を閉じた…刹那、法術が光となって扉を包み、強固な結界が張り巡らされた。 「…ペイオース」 一級神のありえない行動にフレイア以下全員が目を見張る。 “やっぱり…おおごとになってしまった…” 己の予感の的中をこの時ばかりは呪った。いたたまれない気持ちを必死に抑え、努めて冷静さを保とうと試みる。 “しっかりしなきゃ…フレイア…” 微かに震える指が、懐にしまってあるパッドに触れた。 “…!” 苦楽を共に過ごして来たパッドがいつもと変わらないいぶし銀の鈍い光を放っている。 …フレイアは思わず書き込みをしていた。 おおごと…なんて表現ではとても追いつかないわ。だって…だって… “フリズスキャルヴの黄昏”を勝手に持ち出すなんて!! 信じられないっ。ありえないっ。 思ったとおり…ウルドってば、ろくな事しないわ! …外には女神リンド… そして、 …内にいる女神ペイオースが扉に法術をかけて…今システムルームは大混乱。 どうなるの?私… どうなるの?一級神試験… 女神たちは微動だにできなかった。 to be continued...
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