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<小説版>ああっ女神さまっ 初終 ―First End― 外伝
夢みる翼
EPISODE-5「ハヴアマール」 カツーンカツーン…と響く靴音が床に天井にこだまする。 鏡の回廊…別名“真実の道”と呼ばれているここを行き交う神々の姿はない。ハヴアマールを行う者だけが通る孤独な道なのだ。 姿が映るほど磨き上げられた回廊は、どこか異次元の彼方へと吸い込まれてしまいそうで怖い。そのせいか知らず知らずに歩幅が狭くなり、歩くペースがどんどん遅くなっていってしまうのだ。 だが…。 “つ…着いちゃった” 足音が…ピタリと止まり、目の前にそびえる大きな扉を恐る恐る見上げる。高鳴る鼓動で胸が張り裂けそうだ。 “も…もう少しゆっくり歩けばよかったかも…” 後悔の波にのまれそうになる。 “ダメ!” そんな気持ちを即座に押し止どめ瞳を閉じた。 “…何、弱気になっているの…私は、私よ。…私らしくいればいいってセティも言ってくれたじゃない” 心の中で、天使・レイディアントセティがくれた勇気の言葉を思い返す。と同時に、師である女神エイルの顔も蘇って来た。半年以上…時に厳しく時に優しく教えを解いてくれた彼女にも吉報を伝えたい。 瞳を静かに開く。深呼吸をすると扉の取っ手を握り、その指に力を込めた。 キィィィィ…。 立ちはだかる様に構えていた大きな扉は、微かな音を立てて開いていく。 手応えのなさに驚くのもつかの間…穏やかな光たちが放つ輝きに、フレイアは思わず目を見張った。 「…綺麗」 床も柱も…全てが汚れなきクリスタルによって作られたそこは、天界の中でも群を抜く美しさだ。天窓から差し込む陽が七色の光を撒き散らし、来た者全てを夢の世界へと誘ってくれる。 圧倒されながらもフレイアはそっと足を踏み出した。 “この中で…遭難したら…笑われるわよね” そんな馬鹿みたいな不安がよぎるくらい、中は広かった。湖面に張った氷のようなクリスタルの広い廊下とその両側に立ち並ぶクリスタルの柱…行けども行けども景色に変化は見られない。 “…いったい…巫女さまはどこにいるのよっ” もうかなり歩いているはずなのに、お目当ての人物に巡り会えない苛立ちから少々愚痴めいたことを思った瞬間…小さな洋風の東屋が現れた。 “え…?” フレイアが驚くのも無理はない。本当にそれは突然視界の先に出現したのだ。 18世紀フランスに建てられた大宮殿の庭園にあるような…その東屋も、やはりクリスタルの輝きを放っている。 「ようこそ…水晶宮へ」 中に佇む巫女がゆっくりと振り返る。 「…は…はいっ」 なんと答えたらよいのか戸惑いながらも、フレイアは東屋の一歩手前でひざまずいた。緊張感が一気に高まってゆく。 「…あなたの心に導かれて…ここに来ました」 高貴で威厳に満ちながらも、その声は春風のように穏やかでやわらかな響きを奏でている。雪原に反射する光をまとったかのような衣をひるがえすと、夜空よりも深い色の瞳をフレイアに向けた。 「一級神を目指す者よ…あなたに問います」 「はっ…はいっ」 挨拶も前置きも何もない。ハヴアマールは突然に始められた。いや、扉を開けた瞬間から、もうすでに始まっていたのだ。 “心に導かれて来た…という事は…私の心に迷いがなければ、もっと早くに巫女さまは現れていた…という事?…減点の対象になってしまったかしら…” そんな思いで頭がいっぱいになりかける。だがフレイアは桜色の唇をキュッと結んだ。 “だめよ…今は目の前の事に集中しなくては” 「はい…巫女さま」 気持ちを即座に切り替え、エメラルドグリーンの瞳に力を込めた。 「…あなたに問います」 波動の様に声が広がってゆく。 「絶望を…どのように扱いますか?」 暫しの沈黙。 「………え…?!」 予想もしていなかった問いに、フレイアは聞き返すかの様に小さな声を上げた。 “絶望…?” 幸せを与える女神を目指す彼女にとって、絶望…などというワードははっきり言って頭の中にないに等しい。 “…絶望の扱い方?” それでも、この衝撃的な質問に全精力をつぎ込み、稼働率120%で思考を巡らし始めた。 夢や希望を持っているものに対しては…その望みを叶えたり支えたりすることができる。それはまさに自分の望みそのものだ。では、絶望の淵で苦しむものに女神は…自分は…何ができるのだろう。答えが…見つからない。 フレイアは床に着いていた手をぎゅっと握り締めた。 “私…私は…” 困惑の意識に溺れそうになる。その時…リンドの言葉がふと蘇って来た。 ―私は、反省はしても後悔はしない。得られた結果に突き進み、突き当たったらまた最善の策を講じる― 戦う女神は迷いのない蒼い瞳でそう語ってくれた。そして、一級神になろうとするフレイアの思いも資質のひとつだと言ってくれた。 “…一級神…” 女神ベルダンディーのようになりたくて、オペレーションルームの椅子に座りたくて、この道を必死に進んでいたはずなのに…。 ―なんで一級神になりたいの?― 偶然出会ったウルドに投げかけられた言葉は波紋となって心に広がり、小さなトゲのようにずっと引っ掛かっていた。 “なんの為の一級神?…それは困っているものを救済し、幸せを与えたいと思ったから。…そう…与えたいと…” フレイアの心が閃いた。 「…物事に偶然はありません」 一瞬とも永遠とも言える沈黙を破り、つぶやくように言葉が漏れる。 「…全て必然です。…例えそれが困難を極め…絶望的な事柄や思いであっても…」 迷っていた思いが行き先を見つけ、大海に注ぎ込む川のように流れ始めた。 「私は今まで、幸せを与える為に一級神になりたいと思っていました。でも…」 「でも?」 「ただ与えるだけでは幸せではないのかもしれないと…気づきました。女神には見守り続ける愛や…導く愛…そして突き放す愛も…必要なんだと思います。…だから」 黄金色の髪が揺れる。 「だから…私は…時に暗闇を彷徨う絶望の魂を見守り、時に幸せに溺れ歪む魂に絶望を与え…私自身諦めない強い心を持って“未来”へと導きたいと思います!」 クリスタルが輝く中、巫女が静かに瞳を閉じた。 ばふっ…とベッドに身を投げる。 どうやって部屋まで帰ってきたのか…記憶が途切れ途切れだ。時間にすればわずか数分の事なのだろうが、まるで法術の暗唱を数日間やり通したくらいの疲労感がある。 睡魔が圧倒的な力で襲ってくる中、それでもフレイアはベッド脇のサイドチェストに手を伸ばした。 「…記念すべき今日のこと…絶対書いておかなくちゃ…」 いぶし銀のパッドを取る。 あんなに緊張したのは初めてだったかもしれない。 変ね…。 ハヴアマールが終わったことより… ウルドに言われて以降ずっと考えていたことに答えられる自分が嬉しいなんて。 今なら迷いなく言える。 なんの為の力?誰が為の一級神? …私は自分の為に一級神になるわ。 …自分が揺れないように迷わないように… どんな困難にも立ち向かえる強い心と力を持って、困っている者を…弱き者を見守り導きたい。 ああ…。 女神リンドも…そして女神ウルド(今日は特別)もやっぱり先輩だなぁ。 物事に偶然はない。 …ということは、リフター乗り場で彼女と会ったのも…必然? 『女神フレイア。 ハヴアマール合格とし、ここに正式に一級神試験の受験者とみなす』 だが、画面に記された結果に喜ぶべき女神は…一足早く夢の中だった。 さぁ、一級神まであと一歩。 to be continued...
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