ヒロピー教授の小部屋

ヒロピー教授のきまぐれエッセイ

(7)別れのことばはいつもむずかしい...

 春の訪れとともに始まったこの翻訳コンクールも,夏を乗り越えて,晩秋を迎え,いよいよお別れの時が近づいて来ました.
『星の王子さま』は一種の旅物語であり,そして旅物語はつねに出会いと別れの物語でもあります.まず王子さまは自分の星を出立するに際して,バラの花にむかって Adieu と言います(第9章).そのあと6つの小惑星を訪れますが,ここでは当惑したり,あきれたりして立ち去るからでしょうか,別れのことばはありません.地球に降り立ってからは,一輪の「つまらない花」に Adieu という場面があり(第18章),そしてキツネとの別れにおいて,やはり Adieu と挨拶が交わされます(第21章).つまり,一度も「Au revoirまた会いましょう」とは言わないのですね.バラと別れるときはもう帰ってくることはないと思っているからでしょうし,またキツネとも再会することはないだろうと予測しているのでしょう.
では,パイロットと別れるときはどうなのでしょう,王子さまはは,« Adieu » とも,もちろん « Au revoir » とも言いません.
« Voilà… C’est tout… »
これは一体,別れのことばなのでしょうか? 「これですべてだよ」あるいは「これで終わりだよ」とも訳せます.もうあとには何も残っていないことを意味するこのことばで,王子さまは何を言おうとしたのでしょうか.その直前のことばは,バラの花に対する責任が語られています.「ねえ...ぼくの花...ぼくは花に責任があるんだ!」 この「花にたいする責任」こそ,王子さまの言いたかったことのすべてなのです.すでに「きまぐれエッセイ(1)呼びかけと命令」において,「責任」とはどういうことなのかについて語りました.
 そして,ここに至るまでの第24章から第26章にかけて,王子さまは,小さな少年とも思えない,ほとんど作者その人の代弁者であるかのような人生訓を語っていました.そのなかで,王子さまはすでに,別れのことばも述べていたのです.それは,夜には星を見上げて,自分のことを思い出して欲しいという願いです.ひとことで言えば,「ぼくは死ぬだろう.でも,きみはぼくのことを忘れないでほしい」ということです.これは作者自身が読者にあてたメッセージとも響き合うように思われます.  ところで,この翻訳コンクールが終わるにあたって,私たちはどのような別れのことばを用意すればいいのでしょうか.
ヒロピーが専門に研究しているカミュには『ペスト』という小説があります(ちなみに日本カミュ研究会代表をつとめて20年以上になります).この小説における匿名の語り手は物語の最後でその素顔を明らかにし,最も重要な作中人物であった医師リュー自身が語り手であったことが読者に示されます.

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