3. January 2001 on air

作詞家、女優。
小学校、中学校、高校と私立捜真女学校から明治大学文学部史学科に進み1971年卒業。大学時代に夫の宇崎竜童と知り合い同年に結婚。その後、夫の宇崎竜童に勧められ作詞を始める。
76年に2作目として作詞した宇崎作曲「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」(ダウンタウン・ブギウギバンド)が大ヒット、作詞家として名を知られるようになった。同じ年に「横須賀ストーリー」(山口百恵=作曲も同)も大ヒット、レコード大賞作詞賞を受賞。さらに「プレイバック・パートII」「イミテーション・ゴールド」(山口百恵)、「想い出ぼろぼろ」(内藤泰子)、「愚図」(研ナオコ)などヒットを連発。
また役者としても80年、映画「四季・奈津子」に出演、その後も「家族ゲーム」、「化身」などに出演、役者としても評価を受けた。著作でも86年、エッセー「まぁーるく生きて」を出版。作品集「指輪の重さ」、「棘のあるシーツ」などがある。
レストラン経営、ビデオ映画監督と活躍の幅は広い。

作詞家である阿木燿子さんは、これまでに山口百恵さんの『プレイバックPartII』をはじめ、数々のヒット曲を生み出してきました。
阿木さんなりの作詞のコツはあるんでしょうか?
阿木さん
「分析型ではなくて、一瞬のひらめきを掴む方。イメージの中で蛇口をゆるめていく。自分であるだけ恐怖心と不安を隅に追いやって、楽しもうとすると蛇口が開いて水がジェーって出てくる」

その閃きのために、大好きな赤坂の街を歩くこともあるという阿木さんは更に自分の世界を広げようと、世界の音楽が楽しめる店を赤坂に出しました。
阿木さん
「瞬間、瞬間で、動物的カンを働かせて生きてきた。たった今を楽しまないと損だっていうね、美味しい物を一番よいタイミングで食べたい。1時間後では固くなっちゃうっていうのが人生の中ではいくつもあるような気する」

『今、一瞬』を逃さず楽しむため、いろいろな事に挑戦し続ける阿木さん。詞への影響は?
阿木さん
「歌の詞は時代というのが大きい。いつもその時代 の呼吸と自分を合わせることが凄く大切だなっと思って、散歩していても何をしていても、こういうことを感じたっていうものが詞に影響を与えていることが多い気がします。」
一瞬のヒラメキを詞にこめて、新しい時代へと繋ぐメッセンジャーです。

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