終戦。
あれから六十余年が過ぎ、戦争の記憶は風化しつつある。日本がアメリカと戦ったことすら知らない子どもたちがいるという。忌まわしい過去を忘れることも、幸せな生き方といえるかもしれない。だが。
少年時代をあの戦争の中で過ごした僕らの世代にとって、国の命令で国のために散華した当時の若者たちの心情を想うとき、ただ“忘れた”では済ませられない、深く厳しい想いがある。
景気景気と狂奔し、豊かさの中で有頂天に騒いでいる今の日本人の姿を見たら、今、南海の海に沈んだままの数十万体の英霊たちは、一体どのように感じるのだろうか。
戦後間もなく棟田博氏が書かれた『サイパンから来た列車』という、短編小説の秀作がある。敗戦後十年の八月十五日。東京駅の人気のない深夜に、一台の幻の軍用列車が着き、サイパンで玉砕した英霊たちが夜明けまでの一刻、復興した東京を見て歩くという卓抜な発想の物語である。この発想が、永年僕を捉えていた。
戦後十年目の日本人と、戦後六十余年たった現在の日本人の生き方、心情は、それこそ極端に変わってしまった。戦後十年目に帰還した英霊は、日本の復興を喜んだかもしれないが、あれよあれよという間に、経済と科学文明の中で己を見失って狂奔している今の日本人の姿を見たら、一体、彼らは何を想うのか。怒りと悲しみと絶望の中で、ただ唖然と立ち尽くすのではあるまいか。その六十余年を生きて来て、そうした変化にずっと立ち会ってきた僕ら自身でさえ、この急激な変量の中で唖然と立ちすくんでいるのだから、六十余年の空白を経て浦島太郎のようにこの国に戻り立った英霊たちの驚愕は、想像するに余りある。
これは鎮魂のドラマであり、怒りと悲しみのドラマでもある。
もう先のない僕らの世代が、一つの時代の小さな証人として遺しておかねばと思い、書き下ろしたものである。