過去の放送内容

がっちりマンデー、本日のテーマは…
「日交の黒タクの乗務員さんは、誇りを持ってハンドルを握っている」と、自分よりうーんと年上のお父さんたちに熱く語る、37歳・川鍋一朗3代目社長が率いる、タクシー業界最大手の日本交通株式会社!
年間売り上げ470億円、車の保有台数2600台、所属するドライバーが5800人と、業界トップの規模を誇っています!

…が!ほんの7年前には、会社がなくなっちゃうかも!という大ピンチに!
1900億もの負債を背負った会社を立て直した若社長の大改革とは?
誰が呼んだか、「タクシー王子」こと3代目川鍋一朗社長に、日本交通の事だけでなくタクシー業界の事、がっちり聞いちゃいましょう!

会社存続のピンチ!
一朗社長の改革「トレードマークは桜にN」

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日本交通の創業は、今からちょうど80年前の1928年。
現社長の祖父・川鍋秋蔵初代社長がたった一台のハイヤーで事業を始めた小さな小さな会社でした。
それが、1980年代には年間売り上げ450億円を超える、日本一のタクシー会社になったのです!

バブルの時代、現社長の父親・川鍋達朗2代目社長の時代、日本交通はゴルフ場やホテルなど、不動産事業に積極的に投資。
しかし、バブル崩壊でなんと、1900億円もの負債を抱える事に…。
そこに登場したのが、3代目の川鍋一朗!

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慶應大学を卒業後、アメリカ留学でMBA(経営学修士)を取得という、正に正真正銘のエリートお坊ちゃま!

日本交通に入社したのは2000年、29歳の時でした。
それは、入社してすぐ役員会に呼ばれた時の事。
1900億という途方もない借金を前に元気なくうつむく役員たち。
30歳以上も年の離れた役員たちに一郎が発した言葉が…

「皆さん、この会社に対するアスピレーション(向上心)はあるんですか。もっとモチベーション(自発性)を上げて下さい!」

現場を知らないでただ横文字を並べる一朗に、役員たちは大反発!!
ついたあだ名が「アメリカ帰りのエコノミスト」。
その時の事をよく知る、日本交通株式会社専務取締役の林紀孝さんに伺うと、

林専務:やっぱりみんな「この若造め」みたいな感じはあったでしょうね。
(役員は)みんな60歳以上でね。

あっという間に仕事を干された一朗でしたが、まったくひるまず、

「僕を受け入れないなら、自分で新しいタクシー事業を起こす!」

と、ミニバンを使った会員制のタクシーを運営する子会社「日交マイクル」を設立したのです!
顧客の中心は、お金持ちの外国人。

当時のニュース映像では、

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社長、おちゃらけ?…ではなく、

一朗社長(当時):Hi Good morning!

乗務員に自ら英会話を教えるティーチャー役!!
まぁ、ちょっと浮いちゃってはいましたが…。

一朗社長(当時):(タクシーは)今までは運送業だったと。
これをサービス業にしたい。

と、熱く語る3代目。
ここから、日本交通の大復活が始まった!!
…と思いきや、日交マイクルは月々1000万円の赤字を出す、散々な結果に。

林専務:一歩早すぎたのかなって部分はある。
彼も反省していると思うけども、相当辛かっただろうし、悩んだだろうし。

2005年、父親の死と同時に34歳の若さで社長に就任した一朗は、1900億円の借金返済のための大改革に取り組みます!
不動産業からピザ屋まで、30 社以上あったグループ会社を10社に絞りこみ、社員のリストラも慣行。赤坂の本社ビルや、元麻布の巨大な邸宅も手放しました。
現在の本社は、営業所を兼ねて品川の倉庫街に移転しています。

大胆なリストラで、今では負債がほとんどなくなるほど業績が回復した日本交通。
でも、資産の売却とリストラだけで業績が上がったわけではありません。
そこには、3代目の若社長が行った2つの改革があったのです!

一朗社長:タクシーはこれから、拾われる時代から選ばれる時代だと思っていまして…。

そう、「拾われる」から「選ばれる」タクシーを目指す!

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