過去の放送内容

FANCL

ファンケルといえば無添加化粧品。
防腐剤や殺菌剤を一切使わない肌に優しい化粧品として女性から圧倒的な支持を得ているんです。
さらにはさまざまなサプリを始め、青汁や発芽玄米など健康食品の売り上げは400億円と業界売り上げNO.1!!1999年には東証1部上場も果したのです。

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このファンケルを一代で築いたのが池森賢ニ名誉会長。
会長にはこれまで、凡人には到底出来ない波乱万丈の生き様がありました。

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1937年三重県に生まれ、8歳の時に事故で父親を亡くし、親戚に預けられました。
中学卒業後上京した会長は住み込みで働きながら、通信教育で高校卒業資格を取得したのでした。

そのころの日記には
「人間は一日ニ、三時間寝れば大丈夫 寝ていないと思うから眠くなる」
とつづられていたんだとか。

その後、大学へ入学するも、授業にでる余裕がなく中退。
このころ、池森青年にある才能が開花します!

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それが歌!!
各地ののど自慢大会を荒らしまくり、稼いだ賞金を生活の足しにしていたんだとか。
あの、巨匠古賀政男からプロ歌手への誘いを受けるものの、「地道が一番!」ときぱっり断り、ファンケルを設立!!したのかと思いきや、ガス会社に就職。

15年間バリバリ働き、1970年代に流行っていた「脱サラ」というフレーズにあこがれて37歳で会社を退職。そしてファンケルを設立!!かと思いきや、仲間と資金を出し合ってコンビニのようなお店をオープン。
しかし、わずか8ヶ月で倒産…。仲間が次々と逃げ出し、2400万円もの借金を抱えてしまったのです。

ここで一年発起してファンケルを設立!!かと思いきや、兄のクリーニング店で注文取りの外交員をやらせてもらうことに。

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給料は歩合制。清潔感を出すために白衣に蝶ネクタイ姿でモーレツに働いたんです!

持ち前の営業力で、人の20倍、月に300万円稼ぐこともあったんだとか!!
たったの2年半で2400万円の借金を返済したのでした。

そんな中、営業中に化粧品による肌トラブルに悩む女性が多いことを知った会長。
実は70年代後半、化粧品による被害が大きな社会問題になっていたのです。
「皮膚トラブルのない安全な化粧品があれば必ず売れるはずだ」と思い、化粧品に関して何も知らなかった会長は専門書を読み漁り、猛勉強を開始。
皮膚トラブルは、化粧品に含まれる添加物が原因であることは明らかでした。
そこで、「無添加の化粧品を作ろう!」ということでついに1980年に資本金24万円でファンケル化粧品を設立!!
池森賢ニたったひとりの、43歳の決断でした。
社名の由来はFINE(不安) CHEMICAL(蹴る)つまり、不安を蹴ると言う意味があったのです。

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化粧品工場に防腐剤などを使わない無添加化粧品の作成を依頼した会長は、お店も販売ルートももっていないため、通信販売を選んだのでした。

自ら、無添加の安全性を書き綴ったチラシを配って歩き、客から電話をうけると曲げたうでが痛くて戻らなくなるほど、懸命に商品を売り込んだのです。
しかしここで大問題が…。
無添加の商品では、客が使い切るまでに著しく品質が落ちてしまうのです。
そこで会長が思いついたアイディアは、その当時業界では奇想天外な「腐る前に使いきれる一週間分の量をサンプル瓶に密封してうればいい」というものでした。

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おしゃれで可愛く、持ち運びに便利という理由で人気に!
また通販での商品受け渡しにも一工夫したのでした!

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