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第987回
芸術の守護者 メディチ家 封印されたもうひとつのフィレンツェ
2006/11/25(土)21:00〜
竹内 海南江(たけうち かなえ)

竹内 海南江
(たけうち かなえ)

今週のミステリーハンター

「世界ふしぎ発見!」では、すでに95ケ国をレポート。
CM、文筆業でも活躍中。短編小説集『アフリカの女』(幻冬舎文庫)、中編小説『うたかたの月』(幻冬舎)、散文写真集「グリオの唄」(ブルースインターアクションズ)、エッセイ集『おしりのしっぽ』(集英社be文庫)。4月20日にエッセイの第2弾『お姫様と山男』(集英社be文庫)が出版された。オフィシャルウェブサイトは「かなな共和国」
ミステリーハンターは今回で210回目(スペシャルの回は含まず)。

地図優れた芸術作品は、時代や国を超えて人を魅了します。しかしそれゆえに、作品が生まれた街や国から流出し、他国に散逸することがめずらしくありません。そんななか、ルネッサンス発祥の地イタリア・フィレンツェには、当時この街で活躍していた世界最高の芸術家たちの作品が今も残り、それは奇跡だとも言われています。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ボッティチェリ・・・天才たちの名作が、他国の権力者やコレクターの手に渡らなかったのは何故なのでしょうか?ミステリーハンターの竹内海南江さんにお話を伺いました。

Q.芸術家のパトロンだったというメディチ家とは?

街並みの美しさもフィレンツェの魅力メディチ家のすごさは、第一に財力です。当時の資産家のなかでもメディチ家の財力は群を抜いていました。いろいろなビジネスを行っていたので、今で言う総合商社ですね。そして手がけたビジネスはことごとく成功して、莫大な富を得たのです。でも優れていたのは商才だけでなく、芸術を見出す審美眼においても超一流でした。教養もあったことだと思います。ルネッサンス以前には、芸術家という認識がなく画家や彫刻家も職人だったのです。その職人のなかでも特に才能があった人たちを保護し、創作活動に没頭できる環境をつくってあげたのがメディチ家の人たちです。保護というのは、つまり住む場所、食事、作品を生みだすのに必要な画材などを提供したということですね。ダ・ヴィンチやミケランジェロも当時は裕福な生活をしていたわけではないですから。ですが、たんに金銭的なサポートだけでなく、家族ぐるみの付き合いをするなど、それぞれの芸術家たちを理解し、精神的にもサポートをしていたというのが、メディチ家の偉大さのひとつだと思います。そういった活動を始めたのが、老コジモと呼ばれていた当主です。そして幼いころから本物の芸術にふれて育った子孫たちもごく自然に芸術を愛するようになったのだと思います。

イタリアらしい鮮やかな衣装!

Q.ルネッサンスが起った背景について

ピサの斜塔。芸術だけでなく科学も進歩したルネッサンスと呼ばれる時期は、そんなに長くはありません。なのにダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなど美術専門書ではなく歴史の教科書に出てくるような天才たちが同時期に輩出し活躍していたということが、すごいですよね。まさに奇跡だとも感じます。いくらメディチ家のように芸術を保護してくれる存在があったからといって、それだけであのような素晴らしい作品が生み出されることはないと思うんです。やはり才能のある人でなければ、いくらお金をかけても優れた作品はできません。でも一方で芸術にお金がかかることも事実です。メディチ家一族が財力と権力をもち繁栄を極めた時期に、同じイタリアで歴史上まれにみる天才たちが生まれ、お互いに会うことができた。それはとても幸運なことです。人と人の出会いのすばらしさを感じますね。

―メディチ家のもとで芸術を学び才能を開花させた天才もいるとか?

学ぶといっても、今の美術学校のような形態ではないと思いますよ。メディチ家は、たくさんの別荘を持っていて、そこに芸術家を集めて研究会のようなものをしていたそうです。それはサロンのような場だったのではないでしょうか。技術などを学ぶというよりも、才能のある人たちがひとつの場所に集まることで、お互いに刺激を受け、触発されてそれが才能の開花につながったということはあるかもしれません。

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