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2007年10月5日

●第7回  〜命のリレー がん患者が残したもの〜

先月、1人のがん患者が世を去りました。
三成一琅さん。最後まで、がん医療後進地域と言われる地元・島根から医療を変えようと力を尽くした人でした。

○三成一琅さん
 「がんとどっちが頑張るか勝負したい」

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去年7月三成さんは、松江市立病院に、がん患者のサロン「ハートフルサロン松江」を開きました。孤独と恐怖にとらわれがちながん患者同士が励まし合い、医療スタッフも加わって相談に乗ります。

○安部睦美医師(麻酔科)
 「早い段階で緩和ケアも受けてください」
○三成一琅さん
 「サロンは1つのステップの敷石みたいなもので、できれば地方から全国へ発信できるものならいいなと思っている」

三成さんは5年前の春、すい臓がんだと告知されました。その夏には余命半年の宣告。肝臓や首の骨に転移したがんに、抗がん剤治療と放射線治療で戦ってきました。そして、余命宣告を過ぎたころ、ある決意をします。

○三成一琅さん
 「余命半年の宣告を受けて半年が過ぎて、あまった付録の人生で、何かしら貢献できないかとサロンをやり始めた」

島根のがん医療は遅れていました。激しい嘔吐を伴う苦しい抗がん剤治療を受けていた患者が、東京で抗がん剤の専門医にかかったところ、体に無理もなく効果も上がったといったケースもあり、患者たちが、医療の地域格差を解消してほしいと立ち上がっていました。

三成さんは、そのバトンを受け継ごうと決めます。1人1人では発言力のない患者たちも、サロンに集まり、そのサロンが連携すれば大きな力になる。三成さんは県内を回ります。

○三成一琅さん
 「知るってことはとても大事。患者にとって」

そのかいあって、去年8月には県内のサロンの代表とがん拠点病院の院長が直接対話する会が実現しました。サロンの患者と医療、行政との協調関係を作る。これは、のちに島根方式と呼ばれるようになります。

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○三成一琅さん
 「数まとまれば患者同士のケアもできるし、行政に対する力も強くなる。行動しないと何事も変わらない」

去年秋、抗がん剤の影響で髪が抜けていた時期の三成さん。サロンで話を聞いていました。

○乳がん患者
 「すぐに再発もしたし、転移もしました。1つずつ前に、生きがいは見えなくても、とりあえず今日を楽しくしたいと、やっとここ1、2週間思えるようになって・・・よく頑張ってこられた」

今年4月、三成さんが始めた「島根方式」に国が注目します。向こう10年間の国全体のがん医療の目標を決めるがん対策推進協議会に、初めて地方の患者代表として加わることになったのです。その冒頭、三成さんはある提案をします。

○三成一琅さん
 「先人で努力して亡くなった患者に黙とうを捧げることが、これからのがん対策を強化しようという時にふさわしいことではないかと思うので」

○がん対策推進協議会・垣添忠生会長
 「黙とうがきっかけになって協議会の責任は重大だと委員1人1人が強く感じた」

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その後、がんの辛さを押して上京すること実に9回。三成さんらの努力で、がん対策推進基本計画には、5年以内に、放射線や抗がん剤療法の体制を全ての拠点病院に整備するとともに、一定の機能を持つ病院には研修を終えた相談員を配置するといった、情報・医療の地域格差解消策が具体的な数値とともに盛り込まれ、6月には閣議決定されました。三成さんが、がんと戦いながら進めてきた取り組みが1つの大きな実を結んだ瞬間でした。

しかしその間にも、がんは三成さんの体を少しずつ蝕んでいました。

○三成一琅さん
 「疲れが重なると相当ダメージ来ますね」

協議会を終えた三成さん。首に転移したがんに苦しんでいました。

○三成一琅さん
 「ペットボトルが全然開けられない」
○安部睦美医師
 「一応道だけはつけておいた。痛くなったら(緩和ケア)緊急入院できるように」

7月、三成さんは一時的に緩和ケア病棟に入院します。ただ、その状況でも、自分の闘病生活の1つ1つを地元・島根のがん医療に役立てていこうとの姿勢を崩しませんでした。

○三成一琅さん
 「実体験したし、地域のホームドクターとしてどういう動き方があるか、どういう研修のやり方が一番ベターなのか、麻薬の管理はどうすればいいか、これから詰めないといけない」

松江市が歴代3位の暑さだったこの8月、三成さんの健康状態が急に悪化します。誤嚥をきっかけに肺炎を患って倒れ、入院。言葉を発することも難しくなっていきました。そして・・・

○安部睦美医師
 「もういっぺん覚まそうや、ねぇ、三成さん!」

先月10日。2人の息子とサロンの仲間に囲まれた三成さんは、酸素マスクを付けていました。

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○サロンの仲間
 「明日、サロン。三成さんのおかげで元気になったんですよ、私は」
 「わかったよって言って。勉強会は明日ですよ」
 「三成さん、頑張って!頑張ってはいけんか・・・」


9月11日午前5時9分。三成一琅さん逝去。享年62。

三成さんが亡くなった4日後。同じ島根県・益田市のサロンでは、医学生や看護学生が参加して、コミュニケーションをテーマとした勉強会が開かれていました。

○益田がんケアサロン・納賀良一代表
 「医療現場、患者を巻き込み、患者が変われば医療が変わる」

患者の意識を前向きに変えて、より良いがん医療へと向かう。先に逝った患者たちから三成さんが受け継いだ命のリレーは、地元でしっかりと受け継がれ、今さらに、全国の患者・医療関係者へとつながれていこうとしています。



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