「学校」と「塾」と言えばなかなか相容れない間柄だが、今、少しずつ変化が起きている。東京・江東区にある区立八名川小学校。6年生のクラスでは算数の授業が行われていた。この授業が普通と違うのは、「教える先生が教師ではない」ということだ。黒板の前に立ち、問題の解き方を丁寧に教えるのはキャリア25年の塾講師、菅原明之さん。普段、菅原さんは小学生と中学生に国語、算数(数学)、理科、社会、英語を教えているが、週に1回八名川小に来て6年生に算数を教えているのだ。
菅原さんの授業を見ていると、教科書の枠にとらわれない問題設定をしているのに気づく。この日も最小公倍数の単元で、教科書には載っていない高いレベル問題を児童に挑戦させていた。八名川小では算数の授業を習熟度別に3つにわけていて、菅原さんの担当は最も習熟度が高いクラス。児童に聞くと、「難しい問題を解くのは刺激的で面白い」と話す。
○女児「菅原先生の授業は好き。教科書とかに載っていないのも教えてくれるから」
○男児「とても理解しやすくて教え方もうまい」
○菅原明之さん(八名川小で教える塾講師)
「塾の指導法と学校での指導法は違います。塾の指導は単元が決まっていて問題を解ければいいが、学校では“どう考えてどう答えていくのか”というプロセスが大事です」
菅原さんが初めて学校の教壇に立ったのは今から3年前。当時、八名川小は、少人数できめ細かい指導を行うため教師を補佐する人材を探していた。
○八名川小学校・小山正見校長
「教える力量のある人はどこにいるかと探していたんですが、なかなか見つからない。その時に“学習塾の先生は子供が学校に来ている間は仕事をしていないだろう。塾講師なら経験がある人がいるだろう”と思いついたんです」
“塾の講師を学校の教壇に立たせる”という判断に、教育委員会は揺れたと言う。
○江東区学校教育部・建部豊主事
「区教委内部でも議論が白熱しました。でも考えてみると“なぜ学習塾は駄目なのか”というと理由は無いんですね。なんとなく学習塾に対する公教育の抵抗感があるだけで。ならばノウハウを持っている学習塾でも法的な問題はないだろうと判断しました」
授業の進め方について菅原さんは学校側と毎回細かく打合せを行う。当初は教師からの反発もあったが、今では前向きに評価する声がほとんどだという。
○八名川小の教師
「出来ない子には一生懸命に対応するが、出来る子には“できるからいいわ”と放置していた。そういう子供が菅原先生のところで少し難しい問題に取り組むようになって、「できた、わかった、もっとチャレンジしたい」と意欲がわいてきたのがとてもいいと思います」
塾の講師が学校の教壇に立つという例は八名川小だけではない。東京・港区は毎週土曜日、区内全ての中学校に大手進学塾の講師を招き、特別授業を始めた。目的は学力の強化。参加は自由だが、授業料が無料ということもあり、7割の生徒が参加している。
○港区教育委員会・藤井千恵子指導室長
「“塾に頼る”というのではなく、様々な形で子どもたちの学習を支えていく、という1つの方法です」
また、江東区は八名川小以外の全ての小学校でも、今年春から塾講師の授業を始めた。子どもたちの学力向上のために手を取り合った学校と塾。教育界のこれまでの常識を覆すこの変化について、いわば“パイオニア”の菅原さんはこのように話す。
○菅原明之さん(八名川小で教える塾講師)
「学校ではできないことが我々にはわかっている。それを(学校と塾の双方が)きちんと取り入れて、教育というものを全体的に考えていくことが重要だと思います」