ウェルカム トゥ コソボ

カメラマン 野澤 玲二

 ユーゴ連邦コソボ自治州でNATO軍が使用した劣化ウラン弾。貫通能力が高く、対戦車・装甲車用として多く用いられた。劣化ウランとは天然ウランを濃縮する課程で派生する廃棄物。

 つまり処理に困っている核廃棄物を弾にして、他国の地に大量に打ち込んだのである。その空爆により多くの犠牲者を出したコソボ自治州、終戦後もウラン弾の残骸による環境、健康面への影響が懸念されている。

 現在は平和維持軍のもと治安維持が保たれているとはいえ、未だに情勢は不安定。そんなコソボ自治州とベオグラードを二週間かけて取材した。その過程で我々報道特集取材チームは何度か命の選択を迫られた。

命の選択.1

 8月23日、今日はベオグラードからコソボへの移動日である。ベオグラードからコソボ州境までの道のりは、ハイウェーを車で6時間。夜の移動はかなりの危険が伴うと言われている。日没前に州境までたどり着く為には遅くとも昼前にはベオグラードを出発せねばならない。出発の朝、思わぬ朗報が入ってきた。セルビア政府の計らいで空爆を受けた情報省・国防総省の建物内部の取材許可がおりるかもしれないとの事である。

 しかし我々の取材申請を審査する役人達は、仕事場を破壊され、喫茶店で携帯電話片手に仕事をしている始末。おまけにこの国も日本と変わらぬ縦割り行政、判子ならぬサインの入った申請用紙を下から上へ。我々は様々な手続きにあちこち振り回されていた。

 そうこうしているうちに出発リミットである12時を過ぎてしまった。本日のコソボ行きが危うくなってきたのである。しかし今日中にコソボ入りしないと、明日早朝からの取材日程をすべてキャンセルせねばならない。状況を鑑みても明日は取材できるが、明後日はNGになる可能性も高い。

 取材スケジュールを優先するか、安全を取るか。取材チームの中で意見が対立した。国が正式に機能していない、連絡手段もままならない困難な状況の中、必至に走り回って取材許可を取りつけてきた現地コーディネーターは強行的に本日中のコソボ行きを主張した。しかし情勢は不安定、命の保証ができない。ここ数日来陸路でコソボに入った人の情報は一切ない。 

 州境付近は国連維持軍の監視団が待機しているとはいえ、いまだに山賊などに襲われている地元住民も少なくないとの噂もある。今まで温厚だったセルビア人ドライバーも心なしか神経質になってきている。セルビア人を同伴してアルバニア系住民が9割を占めるコソボ領内に入り込むのは自殺行為とさえいわれている。必然的に州境付近でのドライバー交代が余儀なくされていた。

 日の暮れた州境付近で、大量の撮影機材を抱えながら、車とドライバーの交代がスムースかつ安全に行えるものか不安がよぎる。できる事ならコーディネーター同様、我々もスケジュールの変更は避けたい。しかし危険の尺度がつかめない、無事入れるかもしれなければ、最悪の事態もありうる。しかしいくら考えても整理しても結論がでる問題ではない。あくまで「運」と「確率論」に頼るしかない。もし進行形で戦争が行われているケースであり、ニュース取材で他社との競争心理が働いていれば少々の危険はかえりみないであろう。

 報道カメラマン、戦争取材で命を落とす事があっても自分の選んだ道を後悔しないくらいの覚悟はできている。しかし今回はちょっと違う。命を張る事よりも安全に取材を終えて帰る事の方がよほど価値がある。どの程度の危険かといわれれば、さほどの事はないかもしれない。しかし数パーセントの危険が残るのであれば思いとどまることが賢明であろう。アクシデントが起これば取材どころではない。今回の企画さえも飛んでしまう。我々は途中の町に泊を取り、本日中のコソボ行きを断念した。

命の選択.2

 8月25日、コソボにてNGO団体のスタッフに連れられ、劣化ウラン弾によって破壊されたと思われる戦車まで案内された。その破壊された戦車は私道から約100メートル、草むらに入ったところに放置されていた。

 しかしこの辺りの草むらは内戦中、セルビア政府軍が無差別に地雷を埋め込んだ場所といわれている。我々が地雷の危険に躊躇している際、数人の地元住民がやってきた。「ここは我々も入ったことがある、地雷はたくさんあるらしいけどこの足跡の所を歩いて行けば平気さ」と。

 しかしこの足跡を踏み外したら地雷を踏むかもしれないということか!現在、治安維持はコソボ平和維持軍のKFORが受け持っている。戦車が放置されている範囲はロシア軍の管轄である。空爆停止と同時に東側から大量の兵隊と戦車を持ち込んだあのロシア軍である。早速、我々はその軍施設で待機中の兵隊に尋ねてみた。「あの場所はたしか何度か行っているけど地雷はないよ」とあっさり、しかしよく聞いてみると違う場所を示しているような気もする。何か釈然としない。

 本当に我々が示している場所と同じ場所なのか曖昧である。あまり信用できないロシア軍であった。そこで彼らに交渉してみた。地雷除去隊の同行ないしは地雷探知機を持参して、我々と現場まで同行してくれないものか。「それはノーだ」「我々には別の任務がある」「平和維持を遂行するため 住民の安全 確保が優先である」。戦争映画に出てくる冷たいロシア兵の対応そのものだ。どこか異国のテレビクルーの為に時間を割いてる暇はないといった感である。

 またも究極の選択だ。実は我々取材班は前日までにすでに四両の戦車を取材している。先に取材した戦車の近くでは劣化ウラン弾が使用された痕跡は残っていたものの放射線は検知できなかった。つまり線量計の針は触れなかったのである。もしもこの戦車の近くでメーターが触れたなら紛れもなく劣化ウラン弾が使用されたことの裏付けになる。今回の取材が完結するのである。

 できることなら近づいて放射線量を測定し、その様子をカメラに収めたい。しかしその場所において線量計の針が振れるといった保証もない。まずは誰か一人、選ばれたスタッフが放射線測定器を戦車の近くまで持ち込み測ってみるといった策も考えた。しかし誰がその大役を勤めるのか。誰も行きたくないだろう、また誰かが名乗り出たとしても、皆で止めに入ったであろう。

 戦車まで約100メートル、入り込んで取材したい気持は全員が一致している。しかしなんとも重い空気を感じつつ、誰も口を開こうとしない。地雷はやはり怖い。銃声は聞こえるが、地雷は聞こえたときはすでに遅い。また最近の地雷は命は取られなくとも、足や手が吹っ飛ぶらしい。重い後遺症が残る。現在でもコソボだけで一日平均二人以上の犠牲者が出ている。映画ではない、現実の世界が目の前にあるのだ。

 今回は格好悪く思われても、意気地無しと言われてもかまわない。出来ることなら近寄りたくない心境だ。皆が途方に暮れているとき、突然(悲劇)?は起きた。私が閉めた車のドアーに通訳が手を挟んでしまったのだ。それもかなりの勢いで、彼の手は瞬く間に腫れあがり、充血してきた。そのまま我々は野戦病院に直行した。幸か不幸か、そのアクシデントが原因で戦車の取材は時間切れになってしまった。幸いにも彼の指は大事には至らなかった。

命の選択.3

 8月28日、我々はついに劣化ウラン弾に行き当たった。セルビア軍がブヤノバツという田舎町で回収してきた使用済みウラン弾らしい。現在それはビンチェという核科学研究所に保管されていた。

 我々が案内されたのはその研究所内にある核廃棄物保管倉庫だった。倉庫の入り口で車を降り、研究所の職員に案内され、カメラをまわしつつその倉庫に入ろうとした、まさにその瞬間であった。

 今回の取材に同行した「藤田助教授=慶應大学物理学」が線量計の針を見ながらものすごい形相で叫んだ。「凄いぞこりゃ、だめだ、逃げろ、逃げろ、早く、異常に高いぞ」カメラを回しつつも何が起きているのかはすぐ理解できた。劣化ウラン弾の放射線は至近距離でないと高い放射線は感じられない。ここは倉庫の外である。

 しかしこの場所は核廃棄物が保管されてる倉庫である。どのような放射性物質があるのか分かったもんじゃない。きっと高い放射線を発している核廃棄物が保存されているのであろう。スタッフの一人はすでに車に乗り込み「早く逃げましょう、早く、早く」と悲鳴に近い言葉を発している。

 この場所は通常値より100倍近い放射線量があった。即座にその場から退散したとはいえ、高濃度の放射線を浴びたことになる。心なしか気だるい。気のせいか頭痛も感じられる。スタッフの顔は皆一様に暗い、かなりの精神的ダメージだ。藤田助教授の「長時間じゃないから大丈夫ですよ、皆さん」の言葉が虚しく響いていた。

 後日、劣化ウラン弾は別の場所で取材することができた。また、至近距離ではかなりの放射線量を検知することもできた。今回の取材は治安、地雷、放射線と目に見えない敵に阻まれた。大きな獲物を目の前に邪魔が入るなど、ストレスの溜まる事が多かった。

 一方、NATO軍の介入によって一見コソボに平和が訪れているかのようだ。しかし毎日、地雷犠牲になっている子供達や、今だ絶えることのないアルバニア人とセルビア人同士の紛争。 

 また、現在でもコソボの地中には多くの不発ウラン弾が埋まっている。通常ウランから発する放射線の半減期は45億年とも言われている。この先、地中で腐食し地表に放射性物質が出てくることも懸念される。

 数日間の取材で立ち寄ったバルカン半島だが、現地の人たちが内戦終了後も新たな危機と直面している事実を肌で感じ取ることができた。死と隣り合わせの生活、しかしアルバニア人もセルビア人も生きることに必死だ。自分も例外なく平和ボケしている日本人、どの様な状況下においても一生懸命生きている彼等の笑顔が印象的だった。

終わり