寺田的世陸別視点

第9回8月24日(金)

いよいよ始まる陸上競技を面白く観戦するための着眼点
世界レベルの種目、日本の金メダル有力種目は?

8月25日に始まる陸上競技は今回から行われる男女混合4×400mリレーを含め、全部で48種目が行われる。
大半はメイン競技場のゲロラ・ブン・カルノ・スタジアムで行われるが、マラソンは競技場を発着点とした約10kmのコースを2往復する。男女20km競歩、男子50km競歩は競技場近くのロードで行われる。
アジア・ナンバーワンの陸上大国は、1980年代から中国がその座につき、今や他の追随を許さない。男子短距離と跳躍、女子の投てきは世界レベルを誇っている。

中東諸国のアフリカ出身選手も、アジアにおける大きな勢力といえる。
今季アジア記録を更新した男子400m障害と女子400mに加え、男子では400m・5000m、女子では400m障害・3000m障害などで圧倒的な力を見せそうだ。
日本は男子短距離はもちろんのこと、男女の長距離もアジアで存在感を示すだろう。
男子4×100mリレーで37秒台を当たり前のように出す日本の走力とバトンパスの技術は、世界からも大きな注目を集めている。長距離・マラソンに関しては、日本の選手層はアジアでは圧倒的に厚いのだ。
ジャカルタの陸上競技を面白く観戦するための注目点を紹介する。

男子短距離の日中決戦

ジャカルタ大会で一番盛り上がる対決は、男子短距離の日中決戦だろう。
アジア最速を決める男子100mでは、今季9秒91のアジアタイ記録を2度出している蘇炳添(中国)に、山縣亮太(セイコー)とケンブリッジ飛鳥(Nike)が挑む。
蘇は好条件のときに記録を出せるだけでなく、国際大会の勝負にも強い。2015年北京世界陸上の準決勝では9秒99(当時の自己タイ)で走り、アジア選手初の世界陸上決勝進出を果たした。
昨年のロンドン世界陸上でも、2大会連続で決勝に進出している。

だが山縣も、勝負強さでは負けていない。ロンドン五輪は予選で10秒07、リオ五輪は準決勝で10秒05と、五輪日本人最高を2大会連続でマークした(ともに自己新)。リオ五輪の準決勝では組こそ違ったが、タイム的には蘇を0.03秒上回った。
「お互い好調で、実際に横に並んだらどうなるかわからないと思っています」と山縣。
日本選手の大きな目標は五輪&世界陸上の決勝に残ること。蘇に勝つことができれば、そこが見えてくる。そして蘇に勝つには、最低でも9秒9台中盤が必要になるだろう。
4×100mリレーは前回の仁川アジア大会で中国が37秒99で優勝。アジア初の37秒台に、日本の短距離関係者は危機感を抱いた。中国は翌2015年の北京世界陸上でも予選で37秒92、決勝ではタイムを落としたが銀メダルを獲得した。
日本が逆襲に転じたのが2016年。リオ五輪予選で中国が37秒82のアジア新をマークすると、次の組の日本が37秒68と大きく更新した。

そこからは日本が中国に勝ち続けている。リオ五輪決勝は日本が37秒60のアジア新、世界歴代4位で銀メダル。
昨年のロンドン世界陸上も日本が銅メダル。
中国はリオ、ロンドンとも4位。今年5月のゴールデングランプリでも日本が37秒85で快勝した。
今回は日本が、2走の飯塚翔太(ミズノ)を多田修平(関学大)に変え、中国もずっと2走を任されてきた謝震業が故障で欠場する。ジャカルタは新メンバー同士での対決となる。

トラックで世界レベルの記録が期待できる種目

今回の特徴として、トラックで世界レベルの記録が多く期待できることが挙げられる。
その一番が男子400m障害だろう。A・サンバ(カタール)が6月に46秒98のアジア新をマークした。このタイムは世界歴代2位。46秒台は26年ぶりの快挙だった。
前アジア記録の47秒53を今季だけで4回上回ったが、すべてダイヤモンドリーグで世界のトップ選手と走って出した。特に昨年の世界陸上金メダルのK・ワルホルム(ノルウェー)は前半から飛ばすタイプで、300mを過ぎてサンバが逆転して好タイムを出すパターンが続いている。

アジア大会ではさすがに46秒台は難しいだろうが、47秒台中盤は可能性がある。
前アジア記録保持者のH・S・アル・ソマイリー(サウジアラビア)が、2002年釜山大会で出した48秒42の大会記録は大きく更新するはずだ。
男子ではサンバと100mの蘇、女子では400mのS・E・ナセル(バーレーン)が7月に出した49秒08が今季のアジア記録である。ナセルは51秒13の大会記録を1秒以上更新して、49秒台を出す可能性が高い。
上記4種目以外でも、男子400mのA・ハルーン(カタール)が今季44秒07をマークし、アジア大会では43秒台を出す可能性がある。43秒台は五輪&世界陸上でメダルが可能な数字だ。男子5000mのビルハヌ・バリュー(バーレーン)の13分01秒09は、今季世界最高タイム。
22歳の成長株で、今年はダイヤモンドリーグで2勝している。スローペースになっても、ラスト勝負ですごいスピードを見せてくれるだろう。

長距離・マラソンは日本vs.アフリカ出身選手

男子マラソンでは井上大仁(MHPS)が優勝候補の筆頭に挙げられている。自己記録の2時間06分54秒は参加選手中トップ。自己記録2番目は2時間08分32秒のA・アビドゥ(バーレーン)で、3番目はS・O・バトオチル(モンゴル)だ。
不気味な存在なのが、⒋年前の仁川大会で10000m金メダルのE・エラバッシ(バーレーン)。自己記録は2時間10分57秒だが、スピードは間違いなく井上を上回る。

しかし日本には、園田隼(黒崎播磨)も万全の練習ができている。バーレーン・コンビに決して引けを取らない。
女子5000mでは鍋島莉奈(JP日本郵政グループ)が、5月に15分10秒91の今季アジア最高をマークしている。女子10000mの堀優花(パナソニック)の32分05秒52も、参加選手中今季トップの記録だ。
中・長距離種目の成績は、持ち記録と異なるケースも多い。アジア大会ではシーズンベストが下の外国選手に、日本選手がラスト勝負で負けることも多かった。それでもいくつかの種目で、毎回金メダル候補をアジア大会に送り込んでいるのは日本だけだ。
1990年代には中国女子に馬軍団と呼ばれるグループが現れ、アジア大会の800mから10000mまでを席巻。世界でも大活躍した。

男子マラソンでは韓国が1990年北京大会から2002年釜山大会まで4連勝した。
男子5000m・10000mでインドの選手が、ラストスパートの強さで2冠を成し遂げたこともあった。
だが、これらの国の長距離・マラソン種目に今、金メダル候補はいない。それに対し日本は長距離各種目でメダル圏内の力をずっと維持している。シーズンリストでも上位選手の7~9割は、日本選手が占めているのだ。
これは間違いなく、日本に駅伝があるからだろう。そして、レベルを維持できればあとは、選手個々の頑張りでアジアを制することが可能になる。
井上は中学では県大会レベルだった選手。
その井上が、目の前のトラックレースや駅伝に全力で取り組むことで、ここまで強くなった。駅伝を利用することで、確実なステップアップができたからに他ならない。
ジャカルタで日本の長距離・マラソン選手が活躍した場合、背景にある駅伝の存在を見過ごさないようにしたい。

レベルの高いアジアの投てき種目&跳躍種目

女子投てきも世界レベルの種目が多い。
女子砲丸投の鞏立姣(中国)は昨年の世界陸上金メダリスト。
今年6月にも20m38の今季世界最高をマーク。7月のダイヤモンドリーグ・モナコ大会にも優勝した。ジャカルタで最も金メダルの確率が高い陸上選手の1人だろう。

女子やり投の呂会会(中国)は、5月に67m69のアジア記録をマークした。
この種目には昨年の世界陸上銀メダルの李玲蔚(中国)、今年のゴールデングランプリで67m12とアジア記録に迫った劉詩穎(中国)もいる。
中国3人のうち誰が出てきても、65m47の大会記録更新が期待できる。

女子ハンマー投では王崢(中国)が昨年の世界陸上銀メダリスト。しかし、今季のシーズンベストでは?龙江(中国)が75m02で、73m73の王を上回っている。24歳の?と30歳になった王。ジャカルタで新旧交代があるのだろうか。
男子跳躍種目も中国のレベルが高く、走幅跳では世界のメダルも狙う勢いだ。昨年世界陸上6位の石雨豪と同7位の王嘉男の強力コンビは、今年さらに力をつけている。石は上海ダイヤモンドリーグ2位と勝負強い。王は8m47とアジア記録に1cm差と迫った。
8m48のアジア記録更新の可能性もある種目だ。

日本にも走高跳と棒高跳で金メダルの可能性がある。
走高跳は昨年の世界陸上金メダリスト、M・E・バルシム(カタール)が絶対的な金メダル候補だったが、7月2日の試合で大きなケガをしてしまいアジア大会は欠場する。
7月に2m32の日本歴代2位を跳んだ戸邊直人(つくばツインピークス)に、金メダルの可能性が出てきた。
昨年の世界陸上銅メダルのM・E・D・ガザル(シリア)や、今季2m32の王宇(中国)もいる。簡単に勝つことはできないが、その2人と戸邊は今季、ダイヤモンドリーグやゴールデングランプリで対等の勝負を繰り広げている。勝てば1994年広島大会の吉田孝久以来の金メダルだ。

男子棒高跳は山本聖途(トヨタ自動車)が有力V候補。
この種目では昨年の世界陸上4位の薛長鋭(中国)というライバルがいる。中国には薛の他にも、5m70を昨年跳んだ選手が2人いるが、山本はライバルたちをそれほど気にしていない。
「5m80を跳べば優勝できると思う。何が何でもそこは跳びたい」
跳躍も中国がリードする種目だが、日本の2人も決して引けを取らない。

日本の金メダルは?

陸上競技日本チーム監督の麻場一徳陸連強化委員長は結団式の際、目標金メダル数を「仁川大会を上回る4個」と設定した。堅実な数字を挙げたが、何が何でも4個は取る、という強い決意の現れだろう。
実際、金メダル確実と言える種目はないが、男子の十種競技と200m、マラソン、20km競歩、50km競歩、4×100mリレーが有力種目と言えそうだ。半々くらいの可能性があるのが男子の走高跳と棒高跳、女子では5000mと七種競技あたり。そして新設の男女混合4×400mリレーも期待できる。

少し意外ではあるが、女子800 mと100m障害にも可能性はある。
北村夢(エディオン)が昨年マークした2分00秒92は、ここ2シーズのアジア最高タイム。100m障害の青木益未(十八銀行)と紫村仁美(東邦銀行)は13秒17がシーズンベストだが、今季アジア最高は13秒08。紫村の自己記録は13秒02である。
男子110m障害の金井大旺(福井県スポ協)は7月に調子を落としたが、日本選手権で出した13秒36の日本記録は、今季アジア最高タイ。やり投の新井涼平(スズキ浜松AC)も練習では83~84m台が出ている。86m83の自己記録を投げた頃と同レベルだという。昨年アジア人初の90m 台を投げた鄭兆村(チャイニーズタイペイ)や、今季87m43のN・チョプラ(インド)のいる種目だが、金メダルの可能性がないわけではない。
女子10000mの堀優花(パナソニック)はラスト勝負では分が悪いが、中盤で積極的にペースを上げる能力は高い。独走に持ち込む展開もあり得るだろう。
苦戦をしてぎりぎり金メダル⒋個という可能性もあるが、その倍の8個を取ってもおかしくないメンバーだ。

今大会の日本選手団の特徴の1つに、初出場選手が多いことが挙げられる。金メダルという結果が得られれば一番良いが、それよりも重要なのは、ジャカルタの結果や経験を次につなげること。
男子主将の右代が結団式の際、自身の金メダルにこだわりを見せるのと同時に、若手選手に次のように話したい、とコメントしている。
「初めて代表になった2010年の広州アジア大会では、すごい数の観客がスタンドを埋めていました。それを見て自分の気持ちが盛り上がっているのに、記録に結びつかなかったことにショックを受けました。ここで記録を出せる人は、どういうことをパフォーマンスにつなげているのだろう、自分には何が足りないのだろう、ということを真剣に考えました。アジア大会を世界陸上やオリンピックにつなげるためには、どうしたらいいか。若手選手たちとは特に、そういった会話をしたいと思います」
そのためにまずはジャカルタで、全員が全力を出し尽くして戦う。そこから2年後に向けて、見つかるものがあるはずだ。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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