寺田的世陸別視点

第6回8月19日(日)

32歳・野上恵子の“成長”に期待したい女子マラソン
武器は紆余曲折を経て手に入れた“競技を楽しむ”気持ち

野上恵子(十八銀行)は昨年11月、アジアの戦いを経験している。マラソンだけの単独開催だったアジア選手権(中国・東莞)で2位(2時間29分05秒)になっているのだ。
それから9カ月。再びアジアで戦うが、外国勢はアジア選手権より強力なメンバーになるのは間違いない。
アジア選手権と同じ順位は、簡単には取れない理屈になる。
だが、野上の今季の充実ぶりも著しい。3月の名古屋ウィメンズマラソン5位(自己新の2時間26分33秒)で代表を決めると、5月には5000m(15分24秒70)と10000m(32分07秒70)でも自己記録を更新。アジア選手権から大きく成長している。
アジア大会は1年分の成長だけでなく、32歳と遅咲き選手なりの成長も、そして東京五輪に向けて成長の余地もあることも、しっかり見せる場となるはずだ。

厳しい戦いになる女子マラソン

野上はアジア大会の目標を「メダルです」と言い切るが、以前の野上には考えられないような強気の設定だ。
代表入りを知らされたとき「私で良いんですか?」と問い返した。そう高橋尚子さんの取材に答えている。3月の名古屋ウィメンズマラソンで日本人3位だったからだが、「私にとって代表と言ったら国体や都道府県駅伝の長崎県代表のこと。自分はそのレベルの選手」と思っていた期間が長かったからでもあった。
実際のところ、女子マラソンのメダルは簡単ではない。現在中東にはアフリカ出身選手が多数在籍し、昨年のロンドン世界陸上金メダリストのR・チェリモ(バーレーン)が出場してくるかもしれない。アジア選手権はKIM HYE GYONG(北朝鮮)が、野上に30秒差をつけて優勝している。
Do-yeon KIM(韓国)は今年3月に2時間25分41秒と韓国記録を樹立した。
暑さを考えるとハイペースは予想できないが、“暑さの中としては速いペース”になる可能性はある。

「最初から速い展開になって、自分の今の力以上を出してしまったら後が持ちません」
昨年のアジア選手権も10km過ぎで、北朝鮮2選手がペースアップしたときに離れている。3月の名古屋ウィメンズでも、11km過ぎでマイペースに切り換えた。
だからといって、自重することだけが選択肢ではないようだ。
アジア選手権は北朝鮮の1人を35〜40kmの間に抜き、優勝したKIMとの差も終盤で縮めていた。1カ月前に急きょ出場が決まったレース。経験を積むことや、練習の一環という目的のため最後まで走りきる展開を選択した結果だったが、悔しさも残った。
「優勝した選手にも追いつくチャンスはあったので、そこは自分の甘さがあったと思う。悔しくなかった、と言ったら嘘になります」
アジア大会はその経験が参考材料になる。
「速すぎてもダメですし、遅すぎてもダメ。どんなペースがそのときの自分にベストなのか、見極めることが必要になります」
格上の選手に挑むことになるジャカルタの女子マラソンは、野上のペース配分が前半の注目点だ。

「自分の成長を信じて」代表入り

野上は初マラソンの2015年名古屋ウィメンズを走るときは、「今回が最後かもしれない」と家族に告げていた。レース後に引退の意思を撤回して、家族から「やめるやめる詐欺だ」と、温かい(?)非難を浴びた。
それ以前も何回か「やめたい」と家族に漏らしていたし、十八銀行の高木孝次前監督には退部を申し出たこともあった。
「練習もキツく感じていた時期で、駅伝を走ったら終わりにしようと思って申し出たのですが、高木さんから『まだ何も恩返しをしていないのだから、やめさせられない』と言われて、思いとどまりました」

野上は前所属のサニックスが入社3年目で廃部になり、十八銀行に移籍した経緯があった。それでも、本人の意思が固ければやめていたはずである。「私も恩返しができていないな、と思っていました」という理由で撤回したが、自分の力を試してみたい気持ちの裏返しではなかったか。
高校時代には、リハビリトレーニングとして行った競歩への転向を勧められたことがあったが、それも固辞している。母校は全国高校駅伝に優勝したこともある強豪、兵庫県の須磨学園高である。当時からケガが多く、全国高校駅伝は一度もメンバー入りできなかった。一学年下には同じように競歩を勧められ、その後20km競歩で五輪出場と日本記録を果たした渕瀬真寿美がいた。
野上の競歩センスは渕瀬に匹敵したと当時の指導者は明言しているが、野上は「走ることで結果を残したいと思っていたので、走る方を選んだのだと思います」と振り返る。要所要所で、アスリートらしい意思の強さは見せていた。
故障が多いのは実業団に進んでも変わらず、「1年の半分が走れないシーズン」もあった。それでも続けたのは「ケガが治ればもっとやれる」という気持ちが、頭の片隅から離れなかったからだ。

野上は陸連機関誌のアンケートで、“代表入りするために努力したこと”として「自分の成長を信じて走ること」と答えている。何度も「やめる」と漏らしてきた野上だが、自身の成長は信じ続けてきた。その気持ちがマラソンに取り組んだことで、徐々に大きくなった。
「初マラソンの前くらいからでした。私ももう少しやってもいいのかな、と感じ始めたのは。それで初マラソンが2時間28分台で走れたので、高木さんに続けたいと伝えました。やるからにはチームとして駅伝を頑張らないといけませんし、マラソンなら“すごい”と思っていた代表も目標にできるところに近づいて来ました。こうなったら競技人生をまっとうしたい。もう軽はずみに『やめる』と言ってはダメなんだ、と覚悟を決めました」
初マラソン以降、野上は一度も「やめる」とは言っていない。

「楽しめるようになった」野上の強さ

今の野上の強さは「やめる」と言わなくなったことをさらに進化させ、競技を「楽しめるようになった」ことが大きい。高橋尚子さんとの対談で次のように話している。
「練習で苦しい時に『きついきつい、もう走りたくない』と思っていたのが、ポジティブに『これを走り切れたら強くなれる』って思うようになりました。どうせ同じ距離を走るんだったら、やっぱり気持ちが良い方がいいじゃないですか。そう思えるようになったことが大きいですね」
故障の克服も“楽しめる”ことに影響しているだろう。

初マラソンと2回目のゴールドコーストを2015年に走ったが、翌年は一度もマラソンに出ていない。故障の多さは克服し始めていたが、まだ完璧ではなかった。それが2017年は3月の名古屋ウィメンズ、8月の北海道、11月のアジア選手権とマラソン3レースに出場した。マラソンは出ても年間2レース、という選手が多い。野上が故障を克服しているのがマラソン回数にも現れ始めた。
「ジョッグのときにリラックスして、筋肉の疲労をとる走り方ができるようになりました。元々、力を入れるクセがありましたが、今はマラソンの後半まで力を残すことも重要なので、できるだけリラックスしています」
高校時代から故障の原因になってきた要素が、卒業後14年間の紆余曲折を経て改善されつつある。
昨シーズンから野上の指導を引き継いだ吉井賢監督について、「私の要望も聞いてメニューを立ててくれますし、体調を見て臨機応変に変更してくれる。対応力がすごくある」と、1歳違いの苦労人監督の指導力に信頼を寄せている。

32歳ではあるが多くの要素が良い方向に働いて、野上の競技人生を好転させ始めた。そうなると挑戦する意欲が大きくなる。挑戦する過程自体が楽しいのだ。そういった選手はますます前向きになる。
「アジア大会は強い選手も出てくると思いますが、メダルという目標を掲げています。プレッシャーもかかるのは予想していますが、そういうところでどれだけ挑戦できるか。有言実行ができたらまた、成長できたことになると思います。あきらめが悪い(笑)ところは、後半に生かされると思っています」
女子マラソンの前半は野上のペースが注目点だが、後半は野上の粘りが期待できる点である。32歳の経験は伊達ではない。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

このページのトップへ

Copyright© 1995-2018, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved. 写真:フォート・キシモト