寺田的世陸別視点

第4回8月13日(月)

変幻自在の助走歩数で
2m32の海外日本人最高を跳んだ戸邊直人
世界レベルのライバルたちを相手に金メダルへ強い意欲

男子走高跳の戸邊直人(つくばツインピークス)が7月、海外からビッグニュースを届けてくれた。イタリアの大会で2m32の日本歴代2位タイ、海外日本人最高記録で優勝したのだ。9日後のモナコの大会では2m27で4位。
世界のトップ選手たちが集うダイヤモンドリーグで、自身過去最高順位に食い込んだ。

アジア大会は昨年の世界陸上金メダリストで、2m43の世界歴代2位を持つM・E・バルシム(カタール)が絶対的なV候補だったが、7月に大きなケガをしたため欠場が予想されている。それでも優勝するには、昨年の世界陸上銅メダリストのM・E・D・ガザル(シリア)がいるので世界レベルの力が必要だ。戸邊と勝ったり負けたりを繰り返している王宇(中国)も、ダイヤモンドリーグ2〜3位に何度も入っている。
海外のトップ選手たちと“日常”的な感から覚で試合を重ねる戸邊にとって、アジア大会で勝つことの意味とは?

リグナーノ……通常より3歩少ない助走で自己新

戸邊が2m32を跳んだのはイタリア北部、ヴェネツィア近郊のリグナーノ・サッビアドロという街で7月11日に行われた大会だった。
「昨年も出場した大会ですが、会場のレイアウトの都合で助走距離が十分にとれないので、記録は難しいと思っていました。今年は距離がとれる大会では9歩助走で跳びますが、そうでないときは昨年までやっていた7歩です。リグナーノも7歩ができないこともなかったのですが、ちょっと難しかった。仕方がない、6歩にしてやってみるか、と挑戦してみたら自己新を跳べてしまいました」

戸邊はこの冬に筋力アップに成功。スピードを上げても踏み切りでつぶれないようになり、助走歩数を7歩から9歩に伸ばした。助走の前に多めにステップを踏む(補助助走)選手で、本助走は1歩のストライドも長い。長い助走距離が必要なタイプである。
今季は4月に筑波大競技会で4年ぶりに2m30に成功すると、5月のゴールデングランプリでも2m30をクリアして優勝した。日本はトラックの外側に3000m障害の水濠が設置されている競技場がほとんどで、トラックの8レーン(または9レーン)からスタンドまで、余白の部分が広いので9歩で跳ぶことができた。

6月にはポーランド南部のホジュフで、8歩助走で2m30を跳んでいる。ヨーロッパのトラックの内側に水濠がある競技場はスタンドまでの余白が狭い。トラックの外側に広告の看板が並べられていることも多い。芝生の上にマットを置けば助走スペースが長くなるが、「サッカーが盛んな国では置けないことが多い」(戸邊)という。
そんな海外でも、2m30台を2014年にも3試合で跳んでいた。モナコでは9歩で2m30をクリアしたが、ドイツのエバーシュタットでは7歩で2m30を、ベルギーのブリュッセルでも7歩で2m31を跳んだ。今年のリグナードの2m32は、海外で跳んだ5試合目の2m30台だったわけである。
国内でも2014年に1試合、今年2試合で跳んでいるので2m30台は合計8試合。日本人で2番目に多い選手は2試合である。そして海外の試合で2m30以上を成功している日本人は戸邊1人だけ。
戸邊は日本の走高跳史上アベレージが一番高く、最も海外の試合に強い選手なのだ。

モナコ……世界トップジャンパーたちとの戦いと交流

リグナードから9日後には、コートダジュールの観光都市(国家)モナコの大会に出場した。1日または2日間開催では世界最高レベルのダイヤモンドリーグは、五輪&世界陸上の上位選手が激闘を繰り広げる。
そこで戸邊は2m27で4位になった。2m30を跳ぶことはできなかったが、ダイヤモンドリーグでは自身最高順位である。4年前に出たときとは会場の設営が異なり、そこでも6歩助走で跳ぶことになった。
「2m30の1本目は腰までバーを越えていましたが、踵が当たって落としてしまいました。(横に)流れていたので、自分としては珍しく踵で当たったのかなと思います。踵を抜けていれば2位でしたから、もったいないことをしました」
2m40で優勝したD・リセンコ(ロシア)はその後ドーピング違反が発覚した選手だが、2位の王は2m30、3位のガザルは2m27だった。王の2m30は2回目のクリアだったので、戸邊が1回目に跳んでいたら勝つことができた。

ダイヤモンドリーグは大会指定ホテルに選手が2人1部屋で宿泊するケースが多く、モナコでは王と同じ部屋だった。
王は食事の後に散歩をするのが習慣で、戸邊は毎回散歩に誘われた。会話は英語で行うが、王は日本のアニメが好きで、日本のことを色々と質問してくる。
ガザルとも食事の会場で一緒になり、3人でアジア大会のことを話し合ったりもした。
「バルシムが出られないかもしれないことについては話題になりませんでしたが『アジアはレベルが高いよな』という話をしました。ガザルは(アジア大会直後に行われる)ダイヤモンドリーグ最終戦の方を狙っているようでしたが、王は『勝負だな』と言っていましたね」
2m36の記録を持つガザルに対しても、戸邊は臆していない。今季2戦2敗ではあるが、2試合とも同記録だった。
「アジア大会では三度目の正直で勝ちたいですね」
王の自己記録は2m33で、戸邊とは1cmしか違わない。通算対戦成績は4勝5敗1分(同順位が1試合)で、今季もモナコでは敗れたがゴールデングランプリでは勝っている。
王について「仲が良い選手ですし、実力も拮抗している」と戸邊は冷静に話すが、「勝ちたいですし、金メダルも欲しい。そのつもりで準備をしています」という言葉に、いつもとは少し違った響きがあった。

ジャカルタ……東京五輪へのシミュレーション

戸邊はジャカルタ・アジア大会を、東京五輪への重要なシミュレーションと位置づけている。
ダイヤモンドリーグなど海外の試合では、五輪&世界陸上入賞メンバーの中で戦っているが、チャンピオンシップで戸邊は結果を残していない。4年前のアジア大会は2m25で5位(3〜5位が2m25の同記録)、翌2015年の北京世界陸上は2m26で予選落ち(2m29を1回目でクリアした選手までが決勝進出)。2016年からは故障が増え、同年のリオ五輪と昨年のロンドン世界陸上は代表入りを逃した。

「ダイヤモンドリーグはどの選手も毎回勝負には来ていますが、試合前に『オレは今日ダメだと思う』と言ったり、試合後に『今日はオマエの日だったな』とあっさり言ったりするところもあるんです。勝負にこだわるときもありますが、“自分は今日どういう試合をするか”にテーマを絞っている。それに比べて世界陸上に出て感じたことは、メンバーはダイヤモンドリーグと同じでも完全に勝負に徹していること。バルシムが2m40を6シーズン(10試合)続けて跳んでいても、金メダルは昨年の世界陸上が初めてでした。逆にカナダのD・ドルーインは2m40を1試合でしか跳んだことがないのに、北京世界陸上とリオ五輪を連覇しました。その日、その瞬間に力を発揮できないと勝てないのが世界陸上とオリンピックです。僕の目標は2020年の東京五輪でメダルを取ること。2m30は安定して跳べるようになったので、あと2年間でそれを2m35以上にしたい。そしてドルーインのような勝負強さを本番で発揮しなければメダル獲得は実現できません。そのために今年は、アジア大会で金メダルを取る。どうアプローチすれば良い試合ができるかをテーマとしています」

4年前も今年と同じ4試合で2m30以上を跳んでいたが、仁川アジア大会にピークを合わせられなかった。ヨーロッパで世界トップ選手たちと戦う経験を積んだのは良かったが、「試合に多く出過ぎた」ため、9月末のアジア大会のときは疲れが出てしまった。
「あのときの経験と反省をもとに、今シーズンは試合とトレーニングの計画を組み、プラン通りに来ています。8月18日のダイヤモンドリーグ・バーミンガム大会に遠征しますが、本番の前に試合を1つ入れるのは当初から考えていたことです」
暑さの中で長時間フィールドにい続けるため、記録はどうなるかわからない。だが、ガザルと王という強豪が参加するアジア大会は、自身の勝負強さを試す絶好の舞台である。

つくば……いくつもの技術に取り組んだ拠点

戸邊は現在、筑波研究学園都市にある筑波大博士課程に在籍している。専大松戸高3年時の2009年に2m23の高校記録を出し、翌2010年にはモンクトン世界ジュニア(現U20世界陸上)で銅メダルを獲得した。その年から筑波大を拠点として、今年で9シーズン目となる。
その間、多くの技術を試してきた。試すと言うよりも、本気で取り組んできたと言った方がいいだろう。それを象徴するのが助走歩数の変更だ。6歩、7歩、8歩、9歩で2m30台を跳んでいる選手は、日本ではもちろん戸邊以外にいないし、世界でも珍しいのではないか。歩数は変更したとしても、偶数か奇数のどちらかになるのが普通である。1歩目を踏み出す脚を左右変える選手は、ちょっと想像できない。

学生時代前半まではシングルアームアクション(片手でアクセントをつけて踏み切る)を行っていたが、学生時代後半にダブルアームアクション(両手でアクセントをつけて踏み切る)に変えている。近年は直線的な助走だったが、昨年踏み切り前のカーブを大きくした。
「どの技術が良いかは、本気で取り組んでみないとわからない部分があります。助走歩数は結果的に以前と同じ歩数に戻ることもありますが、細かい部分の1つ1つの意識は違ったりします。色々なことをやってきただけ、色々なことがわかってきました。走高跳は1つの高さで2回まで失敗できる種目です。引き出しが増えることで、2回の失敗の間に今の試技はこうなっていたから、こう変えないといけないと判断できる」
大学院に進学したのも、トレーニングをより深く理解したかったから。
「記録を短期間で伸ばすなら実業団に進んで、練習時間を多くとった方が結果は早く出たかもしれません。それよりも僕は、トレーニングの意味や効果を深く理解した方が、長期的に見て高いレベルに達することができると思いました」

大学の研究室で自身の分析やトレーニングへの考察を重ね、グラウンドで走高跳の技術を試行錯誤する。海外にも積極的に遠征して経験を積んできた。そうして戸邊は“跳躍技術の幅”という点で、世界でも有数のジャンパーになった。競技環境が一定でない国際大会でも結果を出す選手に育ったのである。
ジャカルタのアジア大会会場であるゲロラ・ブン・カルノ・スタジアムも、助走歩数が何歩取れるか、行ってみないとわからない。
だが戸邊には、ジャカルタでも絶対に跳べる技術がある。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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