寺田的世陸別視点

第23回9月1日(土)

選手層の厚さで圧勝した男子4×100mリレー
20年ぶり金メダルで大きくなった2020年東京への期待感

1走・山縣&2走・多田で流れに乗った日本

2走の多田修平(関学大)が、日本選手団主将である山縣亮太(セイコー)の「イケーーーっ!!」という絶叫を背に受けて加速した時、日本の4×100mリレーはビクトリーロードに乗った。

山縣はリオ五輪で銀メダルを取った時に、世界で最も速い1走だった。ジャカルタでもその力は、一枚も二枚も上だった。1つ内側のレーンに入ったライバルの中国を3mは引き離しただろうか。そして、1つ外側のレーンのチャイニーズタイペイにもほとんど追いついていた。
これが重要だった。というのも、チャイニーズタイペイの2走が楊俊瀚だったからだ。前日の200mで小池祐貴(ANA)と同タイムの激闘を演じた銀メダリストで、昨年のユニバーシアードでは100mで優勝した強豪だ。多田はユニバーで0.11秒差の6位。楊の方が精神的にも優位に立てる状況である。
フル代表としては初の2走に入った多田が、焦ってバトンミスを犯したり、走りが乱れたりしなければ、戦力で勝る日本は勝利に大きく近づく。多田にプラスアルファの力を、山縣は与えたかった。
「決勝に取っておいたんですよ。予選ではやらずに」と山縣は絶叫した理由を説明する。
「それで多田君が激走してくれたらいいかな、と思って。『後ろから山縣さんのすごい声が聞こえましたから』となったら」

多田は得意の加速局面で楊に並び、僅かに前にも出たように見えた。終盤は逆に差を広げられたが、内側のレーンという点を考慮すれば日本の方がリードしていた。3走の桐生祥秀(日本生命)がバトンパスを終えて単独で走り始めたとき、日本はもうチャイニーズタイペイの前に出ていた。
その時点で日本の勝利は8割方確定したと言って良い。桐生もリオ五輪時、世界一速い3走だった。他チームを圧倒して大きくリード。桐生自身が「ケンブリさんとの安定のバトンパス」という危なげのないリレーをはさみ、ケンブリッジ飛鳥(Nike)がフィニッシュへ向かって独走した。
日本の38秒16は、中国が4年前の仁川大会で出した37秒99の大会記録には届かなかったが、記録はトラックの種類や気象条件で0.1〜0.2秒は違ってくる。ほぼ同レベルと言って良いだろう。それよりも日本が、20年も優勝から遠ざかってきたアジア大会で圧勝したことに、意味があった。

日本の選手層の厚さと中国の不振

TBSの中継で4×100mリレーを解説した朝原宣治さん(2008年北京五輪銀メダル時の4走)は、今大会の日本を次のように見ている。
「38秒16はリオ五輪(37秒60のアジア新。世界歴代4位)と比べたら爆発的な速さではありませんでしたが、今のアジアでは抜け出た強さでした。予選のバトンパスは3カ所ともかなり詰まってしまっていた。決勝はちょっと良くなったと思ったのですが、タイムは0.04秒しか上がりませんでした。後ろとの差を見たら37秒台は出ていそうにも見えましたが、大会記録の37秒99を更新できなかったのは選手たちもがっかりしたでしょう。ただ、タイムは競技場や条件によって変わってきます。それよりも、日本が苦手としてきたアジア大会で勝ったことを評価したいですね。アジア大会は僕もそうでしたが、どうしても五輪や世界陸上と比べて集中力が落ちます。

それに対してアジアの国々は、以前はタイがそうでしたし、前回は翌年に北京世界陸上を控えていた中国がそうでしたが、予想以上の走りをしてきます。しかし今回の日本は、集中力を欠いているようには見えませんでした。2020年東京五輪に向けて、世間的に注目度が高くなっているからかもしれません。今回は2走に多田君を起用しましたが、7月のダイヤモンドリーグ・ロンドン大会は、1走が小池君、2走が飯塚君で38秒09でした。5月のゴールデングランプリはリオ五輪の4人で37秒85。どんなパターンでも着実に結果を残しています。すごい安心感がありますよね。選手たちも、なんとかそのメンバーに入りたいと頑張っている。今年は走っていませんが、昨年のロンドン世界陸上で4走の藤光(謙司・ゼンリン)君もいるし、サニブラウン(フロリダ大)君も世界陸上200mで7位に入賞した。もう1チーム編成できるほど選手層が厚くなりました。2020年に向けて良い流れになっています」
それに対しライバルの中国は、ここ数年2走を任されてきた謝震業がケガで戦線離脱。
今大会100m金メダルの蘇炳添が9秒91(アジア記録)、謝が9秒97と両エースが9秒台を持っているが、10秒00の張培萌が昨シーズンいっぱいで引退。3番手選手の力が大きく落ちる点が懸念されていたが、謝を欠くことでさらに戦力が手薄になった。
3走をずっと任されている蘇は、リオ五輪では桐生と同タイムを出していたが、今大会では表情からして覇気がなかった。レース後に中国メディアの取材に対し「今の中国は若手育成の段階にあり、ちょっと困難な時期。時間が必要だ」と語ったという。

20年ぶり金メダルの意味

男子短距離の土江寛裕五輪強化コーチは、「謝選手の欠場で確実にバトンが渡れば勝てる状況になりましたが、そのなかでもキチッと攻めていこう」という指示を出して選手たちを送り出した。足長は1→2走で半足長伸ばした以外は予選と変えなかったが、予選よりも思い切って飛び出すことにしていた。
それでもタイムが0.04秒しか縮まらなかった。選手たちも「バトンは詰まった」と異口同音に話した。
優勝が確実という状況で、五輪&世界陸上と同じぎりぎりのバトンパスはできなかったということだろう。

土江コーチは「結果的に余裕のあるパスになってしまいましたが、その中でも38秒16なので、37秒台はいつでも出せる」と言い、多田も「バトンが詰まってあのタイム。しっかりと噛み合えば37秒台は普通に出せた」と話した。
この20年間、五輪&世界陸上よりも集中力が落ちるアジア大会では、勝つことができなかった。しかし今の日本チームは、多少集中力が落ちても勝つことができる。
「チューンナップしていけば37秒台真ん中くらいも出せる。その自信を持てたアジア大会になりました」と土江コーチ。今の日本の力なら、五輪&世界陸上でもメダルを逃す不安を持たなくて済む。
だが、東京五輪で日本が目指しているのは金メダルで、そのためには37秒台前半が必要になる。日本伝統のバトンパスのクオリティを維持しつつ、個人の走力を上げていかないと、そのタイムは出せない。そう土江コーチは強調する。
そのためにも特に、2走のレベルアップが重要になる。現状、山縣と桐生はリオ五輪がそうだったように、1走と3走で世界一と言えるタイムで走る。各国ともエース級を置く2走には、9秒7〜8台の選手が来る。そのレベルの選手に対抗するには、バトンパスのプラスがあったとしても、9秒9台前半のタイムを持っていないといけない。

今回の多田の走りはそのレベルに達していない。だが、「楊君」と呼ぶアジアのライバルと切磋琢磨してレベルを上げられれば、ジャカルタ・アジア大会は大きなきっかけとなったことになる。
20年ぶりの金メダルは2つの事実を明らかにした。1つは五輪&世界陸上のメダルを取る安定した力が、今の日本にはあること。もう1つは金メダルを取るためには、個人の走力アップが必要であること。
銀メダルの快挙に酔いしれたリオの夜から2年。ジャカルタでアジアの頂点に立った日本チームの笑顔は、リオとは違い少し引き締まっていた。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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