寺田的世陸別視点

第21回8月30日(木)

山西が男子20km競歩で銀メダル。
競歩の元“京大くん”が五輪&世界陸上メダル候補に浮上

敗因は「残り5kmのコーディネイト力」

フィニッシュした山西利和(愛知製鋼)は、しばらくその場で動くことができなかった。
「不甲斐ないな、と思っていました。ただただ悔しかったです」
男子20km競歩は10km過ぎに、山西と王凱華(中国)との一騎打ちになった。自己記録は1時間17分41秒の山西が、1時間17分54秒の王を上回っているが、王は昨年の世界陸上で7位に入賞している。山西はシニアのフル代表(アジア大会・世界陸上・五輪)は初めての選手だ。
2人の戦いは、表面的には大きなペース変化はなかったが、お互いにスパートの機を探り合っていた。
「(引き離されたのは)ラスト500mくらい。自分もそのあたりで行こうかな、と思っていたところです。先に仕掛けられてしまって、自分も切り換えましたが、思った以上にできませんでした。王選手も最後はペースをコントロールして、力をためていたのだと思います。それに対応する力が自分になかった」

日本チームの今村文男五輪強化コーチは、ラスト勝負に持ち込まれなければ勝機はあったと見ている。
「王選手の表情は硬く、苦しそうに見えました。最後まで彼のペースに合わせてしまったことがこの結果になったのだと思います。最後まで接戦になるとリスクが伴います。上手く自分のペースに持ち込まないと」
それは山西自身も痛感していた。
「15kmからどういう勝負をしていくかを、ずっと考えていました。結局、ラスト5kmをコーディネイトする力が今の自分にはなかった」
男子20km競歩の銀メダルは、この種目では過去最高タイの成績である。にもかかわらず、選手もコーチも、そしてメディアも敗因を強調する。前回金メダルの50km競歩だけでなく、男子は20km競歩でも金メダルを狙える。自他共にそう認めているからに他ならない。
そして前述のように山西はシニア初代表。リオ五輪、昨年のロンドン世界陸上と2年連続で藤澤勇(ALSOK)、高橋英輝(富士通)、松永大介(富士通)の3人が代表だった。高橋は今大会も代表入りしたが、新しく加わった山西が銀メダルを取った。来年のドーハ世界陸上、2年後の東京五輪を考えると明らかに、大きな成果といえた。

世界ユース金メダルと京大進学

山西の経歴と特徴を言い現す言葉がいくつかある。
勝負強さ、14分台ランナー、失格ゼロ、そして京大出身といったワードだ。
山西は2013年の世界ユース選手権(現U18世界陸上)10000m競歩で金メダルを獲得している。当時京都・堀川高3年生。元々は長距離ランナーだったが、競歩にも並行して高校1年時から出場していた。初の世界大会で優勝したのは、その時点の力もあったからだが、海外でも自身の力を発揮する勝負強さがあったことを示している。昨年(京大4年時)のユニバーシアード20km競歩にも優勝した。
それほどの素材の選手が大学は、京大にストレートで進学した。勉強ができたからだが、競技も真剣にやろうと考えていた。大学の陸上部は自由な雰囲気だったが、高校時代の恩師に少なくとも週に1回は、直接指導をしてもらっていた。そうすることで緊張感を持って練習を行った。
大学4年間でユニバーシアードにも優勝し、日本インカレでも2連勝。学生としては上々の結果を残し、“京大”の肩書きもあってメディアに載る機会も増えた。

だが山西は“京大だから”注目されることが不満だった。世界に挑戦する1人のアスリートとして注目されたかった。大学3年時の日本選手権は3位で、リオ五輪代表2人に続く順位。だが、2位の藤澤とは40秒の差があり、世界陸上の代表3人目も、翌月の全日本競歩能美大会に優勝した松永大介(富士通。当時東洋大)に持って行かれた。
それでも京大の肩書きで取り上げられてしまう。
今年2月の日本選手権前に専門誌が、“五輪&世界陸上代表3人に山西がどう挑むか”という構図の展望記事を出した。山西は「フラットに比較してもらえた」と、モチベーションが上がった。
その日本選手権では高橋に続いて2位。目標の1つだった学生記録(1時間17分41秒)をマークしたが、フィニッシュ直後の山西は学生記録のことは意識になかった。高橋との勝負に負けたことが悔しかった。
話は前後するが、高校3年時には5000mを14分台(14分58秒85)で走った。“強豪高ではない”高校生ランナーにとって勲章の1つである。
当時から山西に定期的にアドバイスし、現在は愛知製鋼の顧問として山西を指導している内田隆幸氏は、競歩界の名伯楽として知られる存在。20km競歩世界記録保持者の鈴木雄介(富士通)を発掘し、50km競歩の五輪&世界陸上連続メダリストの荒井広宙(自衛隊体育学校)の学生時代を指導した。

2人の偉大な先輩と山西の共通点は、失格したレースがないこと。競歩ではヒザを伸ばさずに歩くベントニーと、両脚が地面から離れるリフティングが反則になる。警告を3人の審判から出されると失格になるが、山西は「2枚出されたことが高校時代に2~3回あったと思いますが、大学入学以降はありません」
先輩2人と比べて違う点として内田氏は、「14分台を持っていること」を挙げている。「2人と比べても身体能力が高いですね。山西には、鈴木の世界記録(1時間16分36秒)を狙う力があると思う。世界大会でメダルを取る力もある」
今年4月には愛知製鋼に競歩選手として入社。世界を目指す態勢を整えた。

ばりばりのアスリートマインド

ジャカルタで敗れた直後、山西は「勝つために来たのに負けてしまったのはとても悔しい」「最低限勝ちたかった。
まだまだ課題だらけ」と、悔しさばかりを口にした。
2月の日本選手権で代表入りが有力になった時点では、「メダル争いにからみたい」と話していたが、4月の実業団入りして目標が高くなった。
「プロに近い形で、会社の名前で競技をやらせていただいています。そこのところで自覚は芽生えています」

今季は遠征と合宿が多く、会社に出勤した日数は「20日も行っていないのでは?」と、愛知製鋼のスタッフは話す。現在は開発部の事務職だが、愛知製鋼には工学部物理工学科を卒業した山西の、学術的なキャリアも生かせる職場は多くあるという。
「山西は興味のないことにはまるっきり関心を持ちませんが、興味のあることはとことん突き詰める性格です。我々から見て問題ないと思える歩型も、完璧を求めています」(前述のスタッフ)
その山西の姿勢が、今大会に向けた準備期間にも現れていた。

5月の世界競歩チーム選手権では、高校卒業後初めて、警告を2枚出された。シニアの国際大会では初めてピットレーン(*)が採用された大会で、審判が警告を出しやすくなったと言われている。(*警告を3枚出された選手がピットレーンに入り、20km競歩なら2分間、50km競歩なら5分間待機した後に競技を再開できる。4枚目の警告を受ければ失格)
だが、歩型に自信を持っていた山西には、少なからずショックだった。
「改善しようとやってきましたが、しっくりくるところまでもって来られませんでした。着いてから力を抜く二段モーションのようになっていて、それを着きながら力を抜くように変えたかった。自分の感覚としてはハマっていません」
納得できない仕上がりでも2位になれた理由を質問されると、「納得できないから2位なのだと思います」と、毅然と話した。それがラスト5kmをコーディネイトできないことにもつながったのだろう。

ただし、この日の山西は警告を1枚も出されていなかった。納得できない動きでも警告は出ない。それは山西に“警告を取られない動き”をする意識が低いからではないか。
「楽に歩く、速く進んでいく技術を突き詰めた先に、警告を受けない動きがあると思っています」
実際のところ、速く歩こうとすれば警告を受ける動きになりやすい。そうとらえずに考えられるところが、山西の期待できるところだ。今後、世界で戦っていく上で、有利に働く部分ではないか。
金メダルなら来年のドーハ世界陸上の代表に決定したが、銀メダルでは国内選考会を勝ち抜かないといけない。藤澤、高橋、松永の3人に加え、世界チーム競歩選手権で優勝した池田向希(東洋大)ら1時間20分を切っている学生が増えている。世界陸上保持者の鈴木もケガから復帰してきた。
「国内選考で順位を取らなければ代表になれないわけですが、国内選考で良くても国際大会で勝てなかったら力がないということです。そこができなかったのが悔しい」
山西にこのメンタルがある限り、近い将来、五輪&世界陸上でメダルを狙える選手になる。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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