寺田的世陸別視点

第2回8月9日(木)

中国とのリレー対決で重要な役割を演じる桐生祥秀
世界トップ技術の3走で9秒91の蘇炳添に真っ向勝負

男子4×100mリレーは日本と中国の壮絶な戦いが予想される。
その戦いで重要な役割を演じるのが、昨年日本人初の9秒台、9秒98をマークした桐生祥秀(日本生命)だ。

日本は2016年リオ五輪銀メダル(37秒60のアジア新)、昨年のロンドン世界陸上銅メダルと世界のトップに定着したが、中国も2015年北京世界陸上で銀メダルと同レベルの力を持つ。
100mの記録では今季9秒91のアジアタイ記録を連発した蘇炳添と、9秒97をマークした謝震業、エース2人の自己記録は日本を引き離している。だが3〜4番手選手のタイムでは、日本が上回っている。
桐生はリオ五輪、ロンドン世界陸上と3走で世界一とも言える走りを見せてきた。桐生の走りを生かすリレーができれば、20年ぶりのアジア大会金メダルが見えてくる。

3走として世界トップの走り

桐生の、過去の国際大会での走順と結果は以下の通り。
2013年モスクワ世界陸上:6位(1走)38秒39
2016年リオ五輪:銀メダル(3走)37秒60=アジア記録
2017年ロンドン世界陸上:銅メダル(3走)38秒04
2018年ゴールデングランプリ:優勝(3走)37秒85

リレーは総合力でパフォーマンスが決まるので特定選手の功績とは言えないが、桐生の3走も日本のレベルを押し上げた。
4×100mリレーはフィニッシュ・タイムだけが公式の記録だが、主要大会では日本陸連科学委員会が各選手の区間タイムを計測している。複数のビデオカメラでいくつもの角度から撮影した映像を解析し、かなり正確なタイムが算出できるのだ。リレー種目の複雑であり面白いところでもあるのだが、バトンが100m毎を通過するタイムと、選手自身の100m毎の区間タイムは異なる。

リオ五輪の日本は1走の山縣亮太(セイコー)がトップに立ち、2走が走り終えた時点では金メダルのジャマイカと同タイムで並んでいた。3走の桐生はジャマイカに対し、0.04秒差をつけられたが、中国と米国の追い上げを0.02秒にとどめ、2位のポジションを確保していた。
リオ五輪の3走は、中国はアジア出身初の9秒台選手である蘇炳添で、米国は9秒69の世界歴代2位を持つタイソン・ゲイだった。
さらにすごかったのが昨年のロンドン世界陸上で、桐生の区間タイムは9秒30で1位。
金メダルの英国と同タイムだが、米国を約0.1秒、中国は約0.2秒引き離した。

桐生が3走で強い理由

桐生が3走で強さを発揮できるのはコーナーワーク、曲線での走りが速いことが一番の理由だ。東洋大の土江寛裕コーチは、卒業後も継続して桐生を指導する人物。自身も日本選手権の200mで優勝したり、400mリレーでもアテネ五輪(4位)の1走として活躍したりしてきた。

その土江コーチが、桐生の3走の走りを次のように分析している。
「小さい頃にサッカーをやっていたからか、走りでも左脚軸で右脚を振り出すのが得意なんです。そこでアクセントを取っている。(大半の選手は直線の方が走りやすいが)桐生にとってカーブは、むしろ走りやすい場所なんです。直線の走りを修正するときにカーブを走ったりもしていますね」
カーブでこう走る、と桐生は意識しているわけではないが、自然と良い走りができてしまう選手なのだ。
バトンパスの技術が高いことも、桐生の3走の走りを支えている。桐生は「高校の頃から失敗をした記憶がない」と言うくらいに、早くスタートしてバトンが渡らなかったり(あるいはスピードを緩めたり)、遅く出てスピードが上がりきらないうちに前走者に追いつかれることはない。

4×100 mリレーでは4選手中3走だけが、直線を走ってくる選手からバトンを受ける。2走と4走はカーブを走ってくる選手を待つので、前走者との距離をつかみやすい。それに対し3走は、前走者が近づいて来たと思ったら一気に迫ってくるので、タイミングがとりづらいのだという。
「それでも桐生はほとんどミスりません」と土江コーチ。「前走者がマークに来たときに正確に、いつも同じように出られる。これはすごく重要なことで、振り幅が大きいとバトンはうまく渡らないんです。桐生自身もそこは絶対ミスらないという自信をもってやっている。そこが一番強い」
個人種目である100 mのタイムでは勝てない相手に、カーブの3走なら勝つことができる。その桐生を3走に得たことで、リオ五輪・ロンドン世界陸上の連続メダルが実現した。

3走の役割の変化

日本チームの3走は2004年アテネ五輪から10年近く、高平慎士(富士通。昨年引退)が走り続けてきた。
07年の大阪世界陸上では38秒03とアジア新(当時)をマークし、08年北京五輪ではトラック種目戦後初のメダルとなる銀メダルを獲得した。
2走に末續慎吾、4走に“レジェンド”朝原宣治と走順がほぼ決まっていたチーム。末續は200 m日本記録保持者で03年パリ世界陸上銅メダルリスト、朝原は100 mでは準決勝の常連で加速付きの走りでは世界トップレベルだった。
高平は「その2人をつなぐ」役割だと自覚し、末續が最後までトップスピードを維持できるバトンの受け方、朝原が思い切り飛び出せるバトンの渡し方を追求した。朝原の走りのリズムを妨げないように、自身のスピードを調節してバトンを渡したこともあったという。

桐生は、高平が細かいところまで意識して走ってきた3走を、本能的にできてしまう能力があった。土江コーチが指摘するように、自身が飛び出すタイミングを見誤ることはない。
桐生本人も「飯塚(翔太・ミズノ)さんとのパスは3年間ずっとやってきていることなので、マークを出るタイミングは感覚でやっています。もちろんマークは見ていますが」と話す。
4走へのバトンパスは課題があり(受け手側の飛び出しに左右される部分も大きい)、練習では以前よりも良いタイムが出ている。

蘇を意識しないで走る

ジャカルタ・アジア大会での中国との戦いを考えたとき、桐生の存在は極めて大きい。アジア記録を持つ中国のエース蘇炳添と、3走で対等かそれ以上の走りが期待できるからだ。

中国は謝震業を2走、蘇を3走、そして10秒00を持つ張培萌を4走に固定して14年仁川アジア大会でアジア初の37秒台(37秒99)、15年の北京世界陸上銀メダル、16年リオ五輪4位、昨年のロンドン世界陸上も4位。4シーズンを平均すれば日本以上の戦績を残して来た。
中国も3走を重視して蘇を起用してきたが、桐生はリオ五輪で対等に近い走りをし、ロンドン世界陸上では蘇を引き離した。
日本は1走・山縣亮太(セイコー)、2走・多田修平(関学大4年)、3走・桐生、4走・ケンブリッジ飛鳥(Nike)の走順で臨むことを、8月3日の富士北麓での公開練習時に公表した。リオ五輪銀メダル時の2走を、飯塚から多田に変えたメンバーだ。
山縣はリオ五輪でも1走で一番のタイムを残した。アジア大会でも中国をリードできる。2走で仮に並ばれたとしても、3走で桐生が蘇と対等の走りをすれば僅差で4走にバトンを渡せる(リードする可能性もある)。そうなればケンブリッジで逆転が期待できる。

桐生は蘇との対決について問われると、次のように答えた。
「3走については何も思わないですね。自分の走りをやるだけなんで。中国がどうとかでなく、しっかりバトンを受け取って、しっかり次に渡すことを考えて走っています」
アジア大会で勝てなかったことなど“どこ吹く風”とばかりに桐生が突っ走ったとき、金メダルが20年ぶりに日本に戻ってくる。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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