寺田的世陸別視点

第16回8月27日(月)

女子マラソンで野上が銀メダル。
韓国、北朝鮮との三つ巴2位争いを制した“遅咲き”の強さ

“長崎勢”が連日の有言実行

陸上競技初日に男子マラソンの井上大仁(MHPS)が32年ぶりの金メダルを獲得すると、2日目の女子マラソンでは野上恵子(十八銀行)が銀メダル(2時間36分27秒)と健闘した。MHPSと十八銀行は同じ長崎市を拠点とするチームである。
その井上から30kmで給水を受け取った野上は、「あとは気持ちです」と声をかけられたという。
25kmの給水時点でR・チェリモ(バーレーン)がスパートし、30kmまでに34秒差、距離にすると150m前後の差をつけられていた。
チェリモが昨年の世界陸上金メダリストということを考えると、優勝は厳しくなっていた。だがキム・ヒソン(北朝鮮)、チョイ・キュンスン(韓国)との2位争いの行方は、まだわからなかった。
直後に3人の集団からチョイが抜け出したが、間もなく野上とキムが追いついた。その後は25kmまでと同様、野上が前で引っ張る展開に。
「(25kmまでは)スローペースの集団の中で走るより、引っ張ることになっても集団の前の方が走りやすい。チェリモさんは給水で毎回前に出ていたので、また給水かなと思ったらそのまま行かれてしまいました。ペースが速く、とても対応できませんでしたね。(3人の争いは)できれば後ろにつきたかったのですが、相手も前に出てくれなかったので自分で引っ張りました」

36km付近でチョイが後れて、キムとのマッチレースに。
キムは昨年のアジア選手権(マラソンだけの大会)で優勝したキム・ヒギョン(北朝鮮)と双子の姉妹。野上が2位だった大会である。
野上は姉妹の違いに気づいていなかったが、アジア選手権と同じように後ろから脚を蹴られていた。姉妹は同じような脚の運び、リズムなのだろう。
そのキムを野上が、40kmの給水で引き離した。
「引き離したというよりも、勝手に離れてくれました。銀メダルが確実になったのでちょっと安心しました」
井上が金メダルが目標だと宣言していたように、野上も「メダルが目標」と取材などにははっきりと答えていた。女子はバーレーンの力が明らかに上で、北朝鮮と韓国も日本勢と同等の力があるという下馬評。決して簡単な目標ではなかったが、長崎に拠点を置く井上と野上が、連日の“有言実行”を達成した。

経験が生きた6〜7月の不調

3月の名古屋ウィメンズマラソン5位(2時間26分33秒=日本人3位)でアジア大会代表入りを決めた。その後も野上は絶好調で、5月には5000m(15分24秒70)と10000m(32分07秒70)でも自己記録を更新。
6月の日本選手権では、日本のトラックトップ選手たちと勝負をすることを楽しみにしていた。

ところが、練習を中断するほどではないが、5月末に右ヒザ裏から臀部にかけて軽い痛みが出てしまう。
日本選手権は欠場せざるを得なかった。それでも野上は「スピードは出せないけど、長い距離を踏むことを重点的にやりました」と前向きだった。
以前の野上であれば、そこでテンションが落ちていた。高校時代からケガに悩まされ、サニックス、十八銀行とチームは変わっても、ケガの多さは変わらなかった。何度も「やめます」と周囲に漏らした。練習の中断も長期間にわたった。
それでも当時から、「ケガが治ればもっと走れる」という気持ちは持ち続けていた。そして2015年3月の初マラソン前くらいから、こういう練習をすれば走れるようになる、というイメージが明確になり、走り続けたい気持ちが強くなった。
6〜7月にスピードが出せなくても、「治るだろう」と、前向きな姿勢を崩さなかった。焦らずに平常心を維持できた。
「それ以前に変化走(長距離の練習メニューの1つ。10〜40kmの距離を、何区間かに分けてスピードを変えて走る)で良い練習ができていましたが、6〜7月にも距離をたくさん踏めたことが自信にもなりました。8月に入ってスピードも出せる練習ができるようになり、それも自信になりました」

マラソンの2カ月後にトラックの自己新を連発したように、野上は長い距離を走った後でもスピードを上げられるタイプ。
大会の性格も、暑さもペースも違うので単純比較はできないが、アジア大会の野上は名古屋ウィメンズよりも良い状態で臨めた可能性がある。
それを示しているのが、40kmからフィニッシュまでのタイム。野上は7分21秒で、優勝したチェロノの7分44秒、3位のキムの8分13秒を大きく上回る。5kmに換算したら16分45秒。40kmまでの18分20秒から大幅にペースアップした。
しかし先ほど紹介したように、野上は40kmからペースアップしたつもりはなかった。北朝鮮選手との勝負どころで、自然とペースが上がっていたのである。それも大幅に。野上の地力がアップしていることを物語っている。

アスリートとしてさらに成長

野上はある日、長崎市内の練習場所で井上から「ダブル金メダルを狙いましょう」と言葉をかけられた。
「ビックリしました。(公式イベントなどではなく)普通の場所でしたから。それだけ高い目標を持っているから、自然とそういう言葉が出てくるのだと思いますし、結果も残せるのだと思います。生活面、練習面の意識が高い選手と聞いているので、私も見習いたい」
野上は「やめる」と言って周りの反応を見たり、意見を聞いたりしないと進路を決められない選手だった。
アスリートというよりも、普通の女子に近い感覚である。だが、高木孝次前監督の「恩返しをしていない」の言葉で競技続行を決意した。競技生活を続けていたい気持ちが、頭の片隅にあったからだろう。

幾度となく繰り返してしまうケガを、力まない走り方をすることで、故障を少なくすることにも成功しつつある。なかなか日本のトップになれなくても、こうすれば強くなれる、という部分がイメージできるようになり、積極的に競技に取り組めるようになった。
「ダメなところがいっぱいある私でも、1つ1つ克服していけば成長する要素になる。ダメと思うか、成長できると思うかは本人次第。プラスに感じられるようになれば結果に結びつきます」
まさにアスリートの感覚である。
井上から声をかけられた時、野上は「メダルを取れるように頑張ります」と答えている。野上も日常の普通のシーンで、アスリートらしさを見せていた。

十八銀行の吉井賢監督がアジア大会前に、日本選手権に出られなかったことを次のように話していた。
「せっかく成長できたのに、それを日本選手権につなげられませんでした。今の野上はそれを、かなり悔しいと感じているはずです。その悔しさをアジア大会につなげられたとき、結果が出せると思います」
野上は32歳。アスリートとしての根がやっとできてきた。遅咲きランナーと言われるが、長い時間をかけて形作られた強い根から、さらに大きな花が咲きそうだ。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

このページのトップへ

Copyright© 1995-2018, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved. 写真:フォート・キシモト