寺田的世陸別視点

第14回8月26日(日)

男子マラソンで井上が32年ぶり金メダル
因縁のバーレーン選手とのラスト勝負に勝つことができた背景は?

4年前と同じ状況

見事なまでに4年前と似た状況だった。
井上大仁(MHPS)は走りながら、嫌でもそれを意識せざるを得なかった。
仁川アジア大会の男子マラソンは、松村康平(MHPS)とH・マフブーブ(バーレーン)がトラック勝負を演じ、松村は1秒差で敗れた。

今大会の井上とE・エラバッシ(バーレーン)も、37kmからエラバッシが前に出て井上とのマッチレースに。中盤ではエラバッシの首が振れ、余力は井上の方が明らかにあったが、終盤でエラバッシは持ち直し、トラックに入って何度も後ろを振り返るシーンは余裕も感じさせた。
エラバッシは前回仁川大会の10000m金メダリストである。
トラック勝負になったら、井上の分は悪い。実は仁川大会のマフブーブも、8年前の広州大会10000m金メダリストだった。
出身国はマフブーブがケニアでエラバッシはモロッコと違いがあるが、ともにアフリカ出身という点も共通していた。
「ヒヤヒヤしました。怖かったですね。細かいのを含めたら、数え切れないくらい仕掛けました。自分が行ったり、向こうに行かれたりを繰り返して。スタジアムに入る前に振り切りたかったので、残り200mや直線で出そうと思っていた力を出さざるを得なかった」

最後の直線で、必死の形相でエラバッシを振り切ったが、井上は苦戦を認めざるを得なかった。
「最後は、ないところから力を引き出しました。(エラバッシは)かなり強かったです」
つまり井上には、最後の直線で余力はなかったが、それでもエラバッシに競り勝つ力が出た。
「松村さんには怒られるかもしれませんが、4年前の悔しさがあったからですね」
井上は当時、山梨学院大4年。すでにMHPS入りを決心していた。井上の地元・長崎県の優良企業というのも理由だが、先輩の松村がマラソンで結果を出していたことが入社の決め手だった。
その松村がマフブーブに敗れ、日の丸を持ってトラックを一周する間も「仏頂面だった」ことを、井上は鮮明に記憶していたのだ。

“気持ち”を重視してきた井上

4年前の雪辱の気持ちが、井上の力を引き出したのは確かだろう。井上は常々、気持ちが重要だと話している。
「自分で勝つ、勝つと言ってきましたが、目の前に勝つチャンスがあったのに、何度もそのチャンスを逃がしています。今日はどうしても勝たなきゃいけない、と思いました。そういうのもあって、最後に力を振り絞れました」
2月の東京マラソンで2時間06分54秒を出した時も、設楽悠太(Honda)に2時間06分11秒の日本最高を目の前で見せつけられた。2時間6分台を出して日本選手に負けた史上初めてのケースだった。
ニューイヤー駅伝もエース区間の4区で何度も区間上位で走りながら、区間賞は取れない。

学生時代に井上は全国トップ選手の仲間入りを果たしたが、悔しい思いの方がはるかに多い時期だった。
そのなかでも、逆境での強さが現れていた。4年時の箱根駅伝で3区の井上は、最下位の20位でタスキを受けた。2区に予定していた留学生選手がケガで急きょ出られなくなったからだが、優勝を狙うチームではあり得ない状況だ。普通の選手は状況に対応できず力を出し切れないが、井上は区間3位でチームに勢いを付けた。山梨学院大の上田誠仁監督は「区間賞以上の価値があったし、2区終了時最下位からシード権獲得のサプライズを起こした」と高く評価している。

昨年の世界陸上は初めての五輪&世界陸上での代表だったが、2時間16分54秒で26位と、不本意な結果に終わった。失敗の要因は“気持ち”にあったという。
「自分では緊張していないつもりでも、周りから見たら硬さがあったと指摘されました。準備段階でも舞い上がっていたと思います。練習のタイムや距離など、上辺の部分にこだわってしまっていました」
今回の井上は、その点が明らかに違っていた。7月のボルダー合宿は、距離にもタイムにも必要以上にこだわらなかったが、それでも月間走行距離は過去で一番だった。
メンタル面でも「緊張することを、受け容れられるようになりました」と話す。
アジア大会では緊張を自覚し「早く終わらないかな」という気持ちが自分にあることも認識していた。その一方で、金メダル獲得を公言し、プレッシャーがかかる状況も自ら作った。
「そこは自分に負荷をかけました。狙って取れなければ、今後はないと思っていましたから」
リラックスすべきところと、負荷をかけるべきところ。その両面を明確に意識し、コントロールできるところが井上の成長した部分である。

“気持ち”だけでなく

井上の成長は“気持ち”だけではない。
気持ちと関連して相乗効果が出ているが、レースパターンやトレーニングへの理解が、はっきりと成長している。
その1つが「練習は感覚を研くために行う」という部分。通常は感覚を良くすれば、同じ時間を走っても自然と距離が伸びることにつながる。「極端な話、1km3分(0秒)のレースペースが、ジョギングと同じ感覚にできればいい」
その感覚が、今回はスローペースに生かされた。
「遅くても、速い時と同じくらいの感覚で走ることができました。遅くてイライラして、余計な力を使うことはありませんでした」
TBSの解説を務めた尾方剛さん(2005年ヘルシンキ世界陸上銅メダリスト。井上と同じ山梨学院大出身)も、レースを見ていて井上が一番余裕があったと言い切る。

以前はラスト勝負にそれほど強くなかったが、今はトラックのトップ選手に勝つレースもある。
大学4年時の関東インカレ10000mでは、村山紘太(城西大。現旭化成)にラスト勝負を挑んだが、1秒02と明らかな差をつけられた。
村山紘太は日本でもラストの強さは指折りの選手で、2015年には10000mの日本記録もマーク。同年の北京世界陸上とリオ五輪代表の選手だ。それが今年5月のゴールデンゲームズinのべおかの5000mでは、井上は村山紘太に0.71秒競り勝った。
だが積極的にラスト勝負を選択するわけではない。ラスト勝負はやってみなければわからない部分が大きく、余力はないがラストだけに強い選手が勝ってしまうこともあるからだ。アジア大会でも井上は、前述のように何度もエラバッシを振り切ろうとしている。余力はそこで使い切っていた。

記者からの質問に井上は、「ラスト勝負になったら、勝つことができると思っていた」と答えた。
虚勢とまでは言えないが、本当にそう思っていたなら最初からラスト勝負に持ち込んだはずだ。自分にそう言い聞かせられることで、自信をもってラスト勝負に挑むことができる、ということだろう。
2時間6分台の記録を持ち、アジア大会で32年ぶりの金メダルを獲得した。井上は今、日本で最もバランス良く速さと強さを兼ね備えた選手、といえるかもしれない。
課題もないわけではない。MHPSの黒木純監督も指摘しているように、アジア大会でいえばエラバッシを振り切ろうとしてできなかった。ぎりぎりで走っている中でさらに、強気のペースで押し通す走りができなかった。
だが今の井上なら、そんな課題にも怯まずに立ち向かっていく。そのノウハウも“気持ち”も、十分に持っている。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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