寺田的世陸別視点

第1回8月7日(火)

アジア最速決戦で世界レベルの選手たちに真っ向勝負を挑む山縣亮太
日本選手団主将に任命された男が大舞台で強さを発揮する集中の仕方とは?

アジア最速を決める男子100mでは、日本選手団主将の山縣亮太(セイコー)が期待されている。
今季日本選手間では無敗を続け、6月の日本選手権には10秒05の大会タイで完璧な勝利を収めた。
山縣の特徴は国際大会でも自身の力を発揮できること。アジア大会で日本人2人目の9秒台も十分期待できる。
9秒9台のタイムを持つ蘇炳添(中国)や、中東諸国に帰化したアフリカ系選手たちに真っ向勝負を挑む。

極限の集中力を発揮した日本選手権

4年前の仁川大会の男子100m、山縣亮太(当時慶大4年)は完敗だった。優勝した今年の日本選手権とは、集中力がまるで違っていた。
隣のレーンの蘇炳添(中国)にスタートで差をつけられ、その背中を見続けてしまった。脚が気になる状態だったこともあり、10秒26(追い風0.4m)の6位。2位の蘇に0.16秒差をつけられ、9秒93のアジア記録(当時)で優勝したF・オグノデ(カタール)は4m以上先を走っていた。
準決勝までは良かった。
蘇と、2007年にアジア初の9秒台となる9秒99で走ったS・フランシス(カタール)に先着した(山縣10秒17、蘇10秒22、フランシス10秒25)。
「“フランシス選手に勝つぞ”と意気込んで、そこで内転筋を痛めてしまい、決勝はテンションが落ちていました。スタートで蘇選手に前に出られた瞬間、“絶対に勝てない”と感じてしまいましたね」

それに対して10秒05(追い風0.6m)の大会タイで優勝した今年の日本選手権は、完璧な集中力を発揮した。
「6月3日の布勢スプリントの決勝(10秒12で優勝)で、昨年からの課題だったスタートのヒントをつかみました。布勢のレースは、あのときなりに集中できていたと思います。タイムが10秒1台だったのは、(重心の位置などでヒントをつかんだが)スタート直後にバランスを崩したからでしょう。
その後の練習でもその点に取り組みましたが、日本選手権の決勝では、6月19日の練習で60mを2本走ったときの集中の仕方の違いをイメージしました」

準決勝のビデオを見ると、スタートは思ったほど悪くなかったが中盤への加速が今ひとつだった。それに対して予選はスタートがよくなかったが中盤は良かった。予選と準決勝の良かった点を同時に行う必要が生じたが、集中力も足りなかったと感じられた。
決勝では“集中すること”にテーマを絞り、走りが良くなった。
日本陸連が測定したデータでは、過去の10秒0台のときと同じようなスピード曲線を描いていた。だが55m付近で現れたトップスピードは、過去最速だった。準決勝とスタートは同じでも、決勝は中盤の加速にしっかりとつながる走りができていたのだ。
仁川アジア大会は脚の痛みもあったが、スタートラインにはつける状態だった。
今回の日本選手権のような集中力を発揮できれば、4年前と同じ走りにはならない。

「あのときの失敗というより、あのときと比べて単純に身体的、技術的、精神的に成長して来られました。4年分の成長を見せられたら、と思います。アジアのトップはワールドクラスですが、どこまで通用するか自分への期待も持っています」
ジャカルタの山縣は、仁川とはまったく別人の走りを見せてくれるはずだ。

大舞台・国際舞台での強さの理由

2014年の仁川アジア大会と前年のモスクワ世界陸上(10秒21で予選落ち)は、本番で痛みが出るなどして本来の走りができなかったが、2012年のロンドン五輪は10秒07、2016年のリオ五輪は10秒05と2大会連続で五輪日本人最高をマーク。
山縣は国際舞台での強さを何度も見せてきた。
10秒0台を布勢スプリントや全日本実業団陸上など、プレッシャーの比較的小さい試合でも出しているが、同レベルの動きがオリンピックや日本選手権でもできるのが山縣の武器である。

日本選手権2日後のアジア大会代表発表会見時に、大舞台で強さを発揮できるのはどうしてか?という質問を受けた。
「1つ意識しているのは、必ず走りの課題を持つようにして、それに集中していくことです。すごくプレッシャーのかかる状況でも、“このことだけをやればいいや”と集中しやすくする。いざ走り出したら、たくさんのことは考えられません。1つのことに絞って集中するのですが、その時点の課題を見つけるには、自分を良く知らないといけません。ロンドン五輪の頃からそんな感じでしたが、最近は意識的に言葉にできるようになりました」

今年の日本選手権は、その課題が“集中すること”そのものだったが、五輪日本人最高を出した両オリンピックはどう課題を設定したのか。
ロンドン五輪でテーマとしたことは、スタートで全力を出すか、9割くらいで余力を残すか、どちらのレースパターンを選択するか、だった。
「9割でスタートした結果出遅れて、そのままビリを走り続けることになったら目も当てられません。その恐怖もあったのですが、自分としては余力を残しつつ60mくらいで全力を出す走りをやりたかった。トレーナーをお願いしていた白石(宏)さんが後押しをしてくれたこともあって、決断できました」

予選を10秒07で走り、同じ組だった蘇にも勝っている。準決勝で上積みできるタイム次第では、決勝進出が可能だった。
だが準決勝は10秒10と予選よりもタイムを落として6位。
「準決勝は50mくらいで先頭争いをしていて、“決勝に行けるかもしれない”と思ってしまったのです。動きが硬くなってしまいましたね」
予選よりもタイムを上げられれば、10秒06だった3位の選手に勝つことができた。だが決勝に進むには10秒02が必要で、当時の山縣には難しい記録ではあった。
2015年は腰痛で日本選手権を欠場し、北京世界陸上に出場することができなかったが、16年は6月の布勢スプリントで10秒06と4年ぶりに自己新をマークした。
ところがリオ五輪予選は10秒20の2位。向かい風1.3mだったこともあったが、翌日の準決勝に向けて修正が必要なタイムだった。
「予選の映像を確認したら、上体が起きるのが早かったことがわかりました。緊張していたのだと思います。トップスピードに早く到達して、終盤の失速が大きくシンビネ選手(南アフリカ)に最後で抜かれました。準決勝は落ち着いて意識的に頭を下げ続けて、頭が上がったら3歩だけ回転を速くしました」
その3歩の後は回転を速くするのは不可能で、どうしたら維持できるかを考えての走りになるのだ。
その結果10秒05というタイムで5位。1つ後の組の蘇は10秒08で、直接対決ではなかったが0.03秒勝っていた。だが決勝進出には10秒01が必要で、そこまでは0.04秒差があった。
決勝までのタイム差はロンドン五輪では0.08秒だった。

準決勝のレース後に「ロンドンでは一歩先だと感じた決勝が、半歩に縮まったかな」と話した山縣。
「4年間で半歩前進なら決勝進出は4年後になる?」と意地悪な質問も出たが、「そうならないように、今回までに得た知識をフル活用して、来年あたり決勝へ行きたいですね」と笑顔で話してくれた。
残念ながら2017年は故障明けの日本選手権で6位と敗れ、そのプランは実現できなかったが、秋には復調して全日本実業団陸上で10秒00(日本歴代2位タイ)と自己新をマークした。前述したように国内の試合で出したタイムを、国際大会でも出せるのが山縣の特徴である。五輪&世界陸上の決勝進出ラインである10秒00前後を、山縣なら本番で期待できる。
戦後初の100mファイナリスト実現の可能性。2017年はそれを示すシーズンにできた。

「世界に挑む人へ。」

今年のアジア大会優勝候補は、蘇炳添ということで衆目が一致している。
9秒91のアジアタイ記録で2度走っている今季の蘇は、世界のメダル争いに加わりそうな勢いなのだ。中国2番手の謝震業も9秒97と9秒98をマークしている。
昔からの陸上競技ファンは、“アジア大会は日本が金メダルを取れる大会”というイメージを持っているかもしれないが、現在のアジアは中東諸国のアフリカ系選手や、強化種目を絞っているとはいえ(男子短距離と跳躍、女子投てき)、中国選手が世界レベルになっている。
そこに挑む日本選手は、難しい戦いを強いられる。
だが陸上競技1〜2日目に行われる男子100mで、山縣かケンブリッジ飛鳥(Nike)が中国2選手を破れば、日本チームの勢いは一気に増すだろう。
「正直、9秒91はレベルが一段か二段上なのですが、不思議と負ける気はしません。数字上を見たらライバルと言うのもはばかられますが、お互い調子が良くて、実際に横に並んだらどうなるかわからないと思っています」
山縣は実力が反映されるのが、タイムだと認識している。条件の良し悪しが影響することはわかっているが、どんな条件でも正確な動きができて初めてタイムに現れる。おそらく接地の部分の正確さに起因すると推測されるが、過去の記録を見ると山縣は風の影響を受けにくい選手である。

国際大会での強さと今年の日本選手権の集中力を見れば、アジア大会の山縣は9秒95前後を期待できる。
蘇に9秒90前後で走られたら難しくなるが、蘇のサード記録は9秒99である。2人が対等の勝負を演じる可能性は十分ありそうだ。微風や向かい風ならば、山縣が勝つ確率が上がるのではないか。
4×100 mリレーではリオ五輪(1走)で銀メダルを獲得しているが、リレーはあくまでチーム種目。
リオ五輪のメンバー4人はファンの祝福に感謝しながらも、「個人で決勝に進んでこそ世界で戦ったことになる」と異口同音に話していた。
「2020年に向けて1年1年が重要で、今年のジャカルタ・アジア大会、来年のドーハ世界陸上は大きなステップと位置づけています。中国選手をはじめとする力のあるアジアのスプリンターたちに勝つことで、最大の目標である世界陸上、オリンピックの決勝に進むことに大きく近づける。その手応えをつかむ意味でも勝ちたい大会です」

山縣が所属するセイコーの腕時計「アストロン」のキャッチコピーは“世界に挑む人へ。”である。
「僕にとってのアジア大会がまさにそれです。世界に挑むための、大きなステージです」
アジア大会のレベルが高いことは百も承知。高い山に挑むことはアスリート自身にとっても醍醐味でもある。
ジャカルタは日本選手団主将に任命された山縣を筆頭に、多くの日本選手がアスリートとしての醍醐味を強く感じる場所となるのだろう。

寺田 辰朗(てらだ たつお)プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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