注目8競技

寺田的 陸上別視点

9月30日(火) 【第22回】第3日(9/29) バルシムと戸邊はなぜ、仁川の空に舞えなかったのか?

ダイヤモンドリーグで好調だった2人だが記録更新ならず
それでも評価の高い2人の2014年シーズン

●ダイヤモンドリーグと違う跳躍になってしまった理由
どうしてE.M.バルシム(カタール)と戸邊直人(千葉陸協)は仁川の空高く跳べなかったのか。バルシムは優勝したものの2m35(大会新)にとどまり、戸邊は2m25で5位とメダルを逃した。ひと言でいえばダイヤモンドリーグとアジア大会を両立できなかった。

テレビで解説をしていた石塚浩氏(日女体大教授)は、ダイヤモンドリーグでも2人を見続けてきた人物。2人の跳躍がどう違ったのかを説明してもらった。
「バルシムは助走の最後のキレが武器の選手ですが、そこでスポーンとハマっていくキレがなくなっていました。ダイヤモンドリーグを転戦したトップ選手たちは、すでにシーズンオフに入っている時期ですから仕方ないのかもしれません。戸邊君は助走がフワフワして、地面をしっかりととらえ切れていなかったところが気になりました。ダイヤモンドリーグから帰国後、少し休んで練習をしようとしたら、遠征の疲れが出てしまったのでしょう。走り込んだり、筋力を回復させる時間がとれなかったのだと思います」

バルシムに関してはメダリスト会見での、以下のやりとりが今大会を的確に言い表している。
記者「ソトマヨルの世界記録(2m45)の更新をアジア大会で狙うと言っていたが、2m40の3回目以降を棄権した理由は?」
バルシム「ノー。世界記録を狙うとは言っていないよ。大会記録を狙うと言ったんだ。世界記録へはステップを踏んで到達できれば良い。5カ月間も続いたシーズンの最後だからね。ケガなくシーズンを終えたかった」

バルシムはダイヤモンドリーグ最終戦ブリュッセル大会の2m43(世界歴代2位)を筆頭に、今季2m40以上を4試合で跳んでいる。だが、ブリュッセルがピークの最後で、翌週のコンチネンタルカップは2m34と記録を落としていた。今大会の2m35は最後に、少し頑張って立て直した結果と見ることもできた。

●戸邊の今シーズンの試みの価値
戸邊は5月に2m31の日本歴代3位タイを国内で跳ぶと、ダイヤモンドリーグ2試合で2m30、2m31と国外日本人最高を連発。ドイツのローカル試合でも2m30を跳び、日本の走高跳史上海外で最も安定した強さを発揮した選手となった。
バルシムと違うのは今季の最大目標をアジア大会に置いていたことだ。
「ダイヤモンドリーグは記録を狙って転戦するなかで順位も上がればいい、というスタンスですが、アジア大会は(勝負を重視して)1つの試合に集中して準備もしてきました。しかし夏に試合を重ねたことで、9月の練習が思った内容でできず、体力低下を招いてしまった。上げるべきところで落ちてしまう調整ミスです」

バルシムと戸邊でアジア大会の位置づけが異なるのは、バルシムはピークを合わせなくても勝つことができるのに対し、戸邊は持っている力を最大限に発揮しなければ、2m30台の記録を持つ中国勢に勝てなかったからだ。
だが、ヨーロッパを転戦することで記録的な収穫があり、メンタル的にも大きな自信を付けることができた。
右代啓祐のコラムで紹介したように、フィールド種目は一緒に競技をする外国選手からプレッシャーを感じてしまったら、萎縮して持っている力を発揮できなくなってしまう。
バルシムとは世界ジュニアで金メダルと銅メダル(戸邊)を取って以来の仲で、今シーズンも戸邊が2m30以上を跳んだ海外3試合はすべて、一緒に競技をしてきた。

日本のメディアから戸邊の印象を質問されたバルシムは、「ナオトは今日は2m25? 彼は数週間前に自己タイを跳んでいるからね。本当ならもっと跳べたと思うよ。ポテンシャルを持っている選手だから」と話していた。世界のトップ選手に認識されていれば、「自分がここにいていいのか」というような、余分な気をつかわずに試合を進めることができる。
今大会の戸邊は調整ミスで結果を出せなかったが、こうした戸邊の取り組みは間違いなく今後の国際大会で生かされる。

●バルシムと戸邊の共通点
前述の石塚氏がバルシムと戸邊の共通点として、「両腕振り込み」を指摘していたのが興味深かった。踏み切り時の腕の使い方は、ランニング動作と同じ片腕を上げる方法と、両腕を上げる方法の2つがある。両腕振り込みの方がバネを生む要素は大きいと以前からいわれていたが、タイミングを取るのが難しい欠点もあった。
「現役で2m40を跳ぶ選手は6人いますが、その全員が両腕振り込みで、戸邊君も今年から両腕振り込みに変えています。以前の両腕振り込みはヒジを伸ばして、鳥が翼を広げるような跳躍姿になっていましたが、今はバルシムやボンダレンコ(ウクライナ)のように、ヒジを曲げて(棒のように細長い姿勢で)ヒュッと(素早く)跳んでいきます」(石塚氏)

戸邊は6月の日本選手権に2m20で3位と敗れた。あれ? っという結果で、これは筆者の私見だが、雨という悪条件も加わって、タイミングを取るのが難しい両腕振り込みの精度が落ちてしまった可能性もある。
バルシムとボンダレンコの2強も、前の試合で2m40を跳んでいたのにもかかわらず、次の試合に2m30台前半で負けるケースが今季1〜2回あった。記録には色々な要素が影響するので断定はできないが、腕を振り込むタイミングがずれた可能性もある。

●来年は世界記録を
それでもバルシムに関しては、アジアにおいて“敵なし”であることは実証した。2m33の大会タイにただ1人成功すると、2m35も1回目でクリアした。2m33の大会記録は1982年のニューデリー大会で、朱建華(中国)がクリアした高さ。朱はバルシムが昨年2m40を跳ぶまで、2m39のアジア記録を持っていた選手である。
できれば2m40ジャンプを見たかったが、調子が下降気味でも2m35を跳んだこと自体、バルシムの強さを物語っている。来季は今シーズンよりもさらに、世界記録への期待が大きくなるだろう。
「32年も昔の記録を破れたことは嬉しいよ。今年は6人もの選手が2m40を跳んだから、それが自分を底上げしてくれたんだと思う。世界記録も21年前、来年は22年前になるけど、それを破ることができたらもっと痛快だろうね」

一方の戸邊は、選手権試合に合わせる課題が残った。来年は8月の北京世界陸上が最大目標になる。
「今イメージしているのは、日本選手権が6月の終わりなのでそこまでは試合を重ねて、7月をトレーニングに充てて、8月の北京世界陸上に合わせるやり方です」
アジア大会5位の戸邊が、来年の北京世界陸上では8位以内に入賞している可能性も十二分にある。仁川の教訓を北京に生かしたい。

メダルランキング

順位 国・地域 合計
1 中国 151 108 83 342
2 韓国 79 71 84 234
3 日本 47 76 77 200
4 カザフスタン 28 23 33 84
5 イラン 21 18 18 57

※10月4日23時10分現在