注目8競技

寺田的 陸上別視点

9月29日(月) 【第21回】第2日(9/28) オグノデが9秒93の驚異的なアジア新

アジアの100mと日本の100m
“世界で戦うための9秒台”

●“余裕”で出したオグノデの9秒台
アジアの100mが大きく動いた一夜だった。
仁川アジア大会陸上競技2日目の男子100mは、F.S.オグノデ(カタール)が9秒93(+0.4)のアジア新記録で圧勝。同じナイジェリア出身のS.A.フランシス(カタール)が2007年に出した9秒99を大幅に更新した。
「なんて言っていいかわからないくらいにうれしいよ。グレートで、ハッピーだ」
そういう言葉とは裏腹に、今大会のオグノデは“余裕”という名の衣をまとっていた。
100mは10秒04を筆頭に、今季だけで10秒0台を3レースでマーク。そのうち2回は向かい風。9秒台は時間の問題と言われていた。

アジア大会初日の100m予選は10秒14(-0.2)で、全体でもトップ通過を果たした。記者たちの9秒台を出すつもりか?という質問には「そのつもりだよ」と平然と答えている。10秒00を壁だとは、少しも感じていない様子だった。

2日目の準決勝はスタートで出遅れたが、中盤で高瀬慧(富士通)を逆転。10秒02の自己新を、向かい風0.2mの中で出していた。同じ日にもう1レースある場合、ミックスゾーンでも足を止めない選手が多いが、準決勝後のオグノデはテレビ局のインタビューを笑顔で受けていた。

夜9時からの決勝はあいにくの雨となったが、オグノデの勢いに水を差すことはなかった。大きくリードできたわけではないが、スタートも予選・準決勝とは別人のようだった。後半は、かつてのロングスプリンター(前回アジア大会は200mと400mの2冠)の独壇場で、2位の蘇炳添(中国)に約2m差をつけた。

レース後の会見中に自身のドーピング違反による資格停止期間中について質問されても、笑みを絶やさず「試合に出られる準備をしていたよ」と答える。2位と3位の選手に、アフリカ生まれの選手のアジア大会出場に関するコメントを求める質問が出ても、平然としていた。

●東アジア勢とオグノデの違い
オグノデのアジア新に沸いた一方で、東アジア勢初の9秒台を目指していた日本と中国はどうだったのか。

山縣亮太(慶大)は準決勝を10秒17(+1.2)で1組1位通過したが、そのときに左の股関節を痛めてしまった。走れないケガではないが、張りが残ったという。決勝はスタートで大きく出遅れ、10秒26で6位。
「ホント、何やってるんだろう。国際大会のたびにケガをして。ケガも実力のうちですから、今の自分は10秒2台の力です」
山縣は昨年のモスクワ世界陸上も、100m予選でケガをして400mリレーを欠場している。
1998年に伊東浩司が10秒00のアジア新(当時)を出し、その後も朝原宣治、末續慎吾と世界で戦うスプリンターを輩出してきた日本。アジア人初の9秒台は日本が出すものと思われたが、07年にフランシスに先を越されてしまった。

中国も昨年、伊東と並ぶアジア歴代2位の10秒00を、張培萌がモスクワ世界陸上という大舞台で出した。蘇炳添も10秒06を出し、2012年までの中国記録(10秒16)を、2人が大幅に上回った。だが、今季は張が10秒17、蘇は10秒10がシーズンベスト。アジア大会は蘇が2位、張は高瀬に続く4位だった。

桐生祥秀も今大会の代表をケガで辞退。9秒台を目指す日本人2人がシーズン最大の目標に合わせられなかった。中国勢も伸び悩んでいる。(黄色人種という意味での)東洋人には、9秒台を狙う取り組みは負荷が大きいということか。
東洋人にも9秒台は可能である。それは疑う余地はないが、アフリカ系黒人選手以外で9秒台を出しているのはフランス白人選手のC.ルメートルと、豪州アボリジニのP.ジョンソン、人類の歴史上2人しかいない(9秒台は過去94人)。黒人選手以外のスプリンターにとって10秒00は、とてつもない“壁”であるのは間違いない。

それに対してオグノデは、「9秒台を出すための特別な準備をしてきたのか?」という質問に対し、「いや、新しいコーチとトレーニングをしてきただけだ。4カ月間トレーニングをしてきて、やっと家に帰って家族と会える」という答え方をしている。
コーチを変えたのならトレーニングも変わっていると考えるのが普通だが、質問に対して最初に「No」と言っている。“9秒台のためのトレーニング”という意識はなかったことになる。

今季のオグノデの戦績を見ると、ダイヤモンドリーグは200mに多く出場している。前述のように以前は200m&400mのロングスプリンターで、100mの実績がなかったこともあるが、オグノデのメイン種目は200mと見るべきだろう。
ダイヤモンドリーグの200mを中心に収入を得て、(強化の一環か地道なビジネスで?)格下の大会の100mにも出ていた。そうしたら10秒0台を連発し、「9秒台はこのままやっていれば出る」と考えるようになった、と見るのが妥当だろう。
“9秒台”という話題性で、アジア大会では100mにスポットが当たってしまった。

●銅メダルの高瀬が9秒台を目標に
日本勢にも明るい材料がなかったわけではない。桐生の代表辞退で代役出場した高瀬が、10秒15で銅メダルを獲得したことだ。準決勝では10秒13(+0.2)の自己タイで走っている。
「準決勝は力感のない(良い)走りでしたが、決勝は前半が力んでいました。準決勝と同じように走れれば、10秒0台も出せていたかもしれません。メダルを取れたことはステップアップだと思いますが、ここで10秒0台を出せなかったことは悔しい」

高瀬の自己記録は今年4月の織田記念で出した10秒13だが、同大会は記録が出やすいことで有名な大会。そこで出した記録を、国際大会で上回ったのは山縣くらいではないか(12年織田記念で10秒08。ロンドン五輪で10秒07)。
「織田記念に近い感覚のレースができました」と高瀬は説明する。「ゆっくり脚を回すというか、ゆったりスタートで出られる感覚があるときは、実際のスピードは速くなっています。それができないときは、脚を速く回しても空回りするような感じなんです」

もう1つの要因として高瀬が挙げたのが、メンタル面の充実である。これまでの国際大会とは違いがあったという。
「桐生の分まで頑張ろう、という思いもありましたし、ここまで来るまでに色々な方に支えていただきました。今までは弱気な自分の方が多かったのですが、今回は代役でも良い意味で開き直れたし、自信をもって臨むことができた。色々な人のために、という気持ちが一番大きかったと思います」
レース後の取材中に高瀬から、今後は9秒台を目標にしていく、という言葉が自然と出てきた。
「これまでは“まだかな”と感じていましたが、こういう舞台で自己タイで走れました。そこを目標にできるところに、やっと立てたかな。決勝では中間あたりでオグノデは見えなくなってしまいましたが、自分がトップスピードでそこで並べていれば、勝負できる感覚もあります。スタートではそんなに負けていませんでしたしね。(9秒台へのビジョンは)トップスピードが一番の課題ですが、まずは自分のなかで心の“壁”を取り払うことだと思っています。それができたら、9秒台も出るんじゃないかな」

日本人の9秒台は間違いなく、近い将来に出るはずだ。織田記念など記録の出やすい大会や、追い風など気象条件に恵まれれば、今の日本選手の力でも必ず出る。だが、高瀬が言っている9秒台は、アジア大会で金メダル争いをしたり、五輪&世界陸上で決勝に残るための9秒台である。
“世界で戦うための9秒台”は、現時点では簡単なことではない。だが、400mリレーが世界で戦い続けているように、日本の選手層は厚く、さまざまなタイプ、経歴の選手がいる。高瀬は学生時代まで代表経験がなく、最初の世界陸上出場は1600mリレーだった。多くの選手が各々のアプローチ方法で頑張ることで、9秒台が出る確率は高まる。

メダリスト会見で2位の蘇は、次のように話した。
「中国と日本は陸上競技ではライバルですが、我々はアジアの陸上競技の発展のため、切磋琢磨し続けたい。それは良いライバル関係です」
会見の話の流れから、アフリカ系選手に負けないように、という意味も含んでいた。
アジアのライバルたちと戦うことも、“世界で戦うための9秒台”へ極めて有効なアプローチである。

メダルランキング

順位 国・地域 合計
1 中国 151 108 83 342
2 韓国 79 71 84 234
3 日本 47 76 77 200
4 カザフスタン 28 23 33 84
5 イラン 21 18 18 57

※10月4日23時10分現在